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アレシェンカと放射能汚染事故

 ドブラヴィーチェル、親愛なる日本の皆様!

 今回は、未知なる生物アレシェンカのお話の続編になります。

 先日、私は法医学博士の講義中の余談から、この事件のより深い推理を聞くことになりました。

 博士の推理は、エカテリンブルグ市内の古いアパートを買ったある家族の話が元になっています。ソ連時代に建てられたそのような建物のほとんどには、当時キッチンの窓の下にクシュチェフ冷蔵庫と呼ばれる外部への通気口を備えた食器棚が組み込まれていました。

 新しい所有者が、そのアパートを掃除していた時、冷蔵庫を開けた彼らは通気口の側で奇妙な物を見つけました。

 それは生まれたばかりの子供のミイラ化した遺体でしたが、アレシェンカのミイラ化した遺体に似ていた部位があったとも言われ、昔住んでいた住民の誰かが奇形児の遺体をそこに隠していた、という説を語っていました。

 なぜ博士が奇形児の可能性に言及したかというと、アレシェンカが発見されたキシュティムの町から15キロほどの距離にある、マヤーク核施設で1957年に発生した放射能汚染事故との関連性が疑われているからです。

 ソ連時代、核兵器および核燃料再処理プラントのプルトニウム生産拠点であったマヤーク核施設は、現在のチェリャビンスク州オジョルスク市の近くにあります。

 オジョルスク市は今も軍事上の理由で立ち入り制限されている閉鎖都市で、当時その秘密エリアはチェリャビンスク40という名前で呼ばれていました。

 レベル6と測定されたこの深刻な事故で、27万人もの人々が放射能被害にあったと推測されていますが、今ほどの知識がなかった当時のソ連では人々にその危険さが浸透していかなかったそうです。

 1980年にそのエリアの近くに行ったことがある私の父は言いました。

 “事故のことは当時も知っていたが、住民の危険への関心は低かったように記憶している。今でも覚えているのは、野菜など作物の大きさが異常だったことだ”

 さらに当時の新聞は、科学者たちがアレシェンカの遺体が包まれた布に残されていた組織からDNAを分離した結果、人間である可能性が高いとし、それは多数の先天性奇形を伴う未熟児であることを示したとも述べています。

 もちろん、このような話だけで真実を知ることは不可能ですが、ウラルに住む私の周りで、アレシェンカは核災害の後に残された放射能によって引き起こされた先天性奇形の子供である、という説はいまだなくならないのです。

 ■ジュリア・ミント 1994年ロシア連邦バシコルトスタン共和国生まれ。エカテリンブルクの医科大を経て、現在は大学院で眼科学を専攻する傍ら、日本人コンポーザーTAMAKIと共にノーザンスタイル・ダンスミュージック・ユニット“Crystal Mint”を結成。シンガーとして、主にヨーロッパで活動中。特技は英語、腕立て伏せ。

Instagram : https://www.instagram.com/crystalmintmusic/

Website : https://crystalmint.info/

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