【沖縄が危ない!】特定の歴史観を県民に押し付け… 沖縄の言論空間を支配する“悪弊” 基地や歴史に関する自由な議論を阻害 - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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特定の歴史観を県民に押し付け… 沖縄の言論空間を支配する“悪弊” 基地や歴史に関する自由な議論を阻害

 1945年、沖縄戦の組織的戦闘が終結した6月23日は沖縄の「慰霊の日」とされ、県は恒例の沖縄全戦没者追悼式を開催した。ところが、今年は会場の選定を巡り、後味の悪い“事件”があった。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、玉城デニー知事は5月、追悼式の規模を縮小し、会場を従来の平和祈念公園広場(糸満市)から、近接する国立沖縄戦没者墓苑に変更すると発表した。同墓苑には各地で収集された戦没者の遺骨が納骨されており、追悼にはふさわしい場所だ。

 ところが、激しく異議を申し立てたのが地元の沖縄戦研究者や批評家たちだ。同墓苑のホームページに「国難に殉じた戦没者の遺骨を永遠におまつりする」と記載されていることを非難し、「沖縄戦は本土防衛と国体維持の『捨て石』作戦。国家の施設である国立墓苑で犠牲者を追悼することは、国家が引き起こした戦争に巻き込まれた県民の感情とは相容れない」と、会場を変更しないよう知事に申し入れた。

 地元メディアも研究者たちの主張を大々的に報じ、「住民被害の実相がフタをされ、住民の犠牲が国難に殉じた崇高な死として一元的に意味づけられるおそれがある」(沖縄タイムス社説)と疑問視。同墓苑での追悼式は不適切だとする雰囲気が沖縄を覆った。

 だが、沖縄戦が捨て石作戦であるとか、国立施設での追悼式が県民感情にそぐわないというのは、県民の共通認識というより、特定のイデオロギーに基づく歴史観に過ぎない。

 沖縄は第二次世界大戦で、日本が死守しようとした防衛拠点であり、だからこそ歴史に残る大激戦が展開された。侵攻する米軍を攻撃した陸軍特攻隊の第1号は、石垣島出身の軍人、伊舎堂用久(いしゃどう・ようきゅう)隊長が率いた。伊舎堂隊長をはじめ、「国難に殉じた」県関係者や県民がいたことは歴史的な事実だ。

 研究者や地元メディアの言説は、特定の歴史観を県民に押し付け、県政に介入しようとする動きにほかならず、断固排除すべきだった。

 だが、玉城知事は研究者らの要請を「勉強不足だった」と受け入れ、直後に「新型コロナの感染が落ち着いたため会場を元に戻す」と発表した。口実を設けて朝令暮改の批判をかわした形だが、言論圧力に屈した印象は否めない。当の同墓苑も、ホームページから慌ただしく「国難に殉じた」という表現を削除してしまった。

 沖縄の“同調圧力”と呼ばれるのは、こうした現象だ。反基地や反戦のイデオロギーが、基地や歴史に関する自由で本質的な議論を阻害している。これこそ沖縄の言論空間を支配する悪弊である。

 ■仲新城誠(なかしんじょう・まこと) 1973年、沖縄県石垣市生まれ。琉球大学卒業後、99年に地方紙「八重山日報社」に入社。2010年、同社編集長に就任。同県のメディアが、イデオロギー色の強い報道を続けるなか、現場主義の中立的な取材・報道を心がけている。著書に『「軍神」を忘れた沖縄』(閣文社)、『翁長知事と沖縄メディア 「反日・親中」タッグの暴走』(産経新聞出版)、『偏向の沖縄で「第三の新聞」を発行する』(同)など。

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