【昭和のことば】学校で一番怖い奴、ガラの悪い集団を仕切っている奴 「番長」(昭和38年) - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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学校で一番怖い奴、ガラの悪い集団を仕切っている奴 「番長」(昭和38年)

 学校で一番怖い(強い)奴、地域でガラの悪い集団を仕切っている奴。これが番長である。昭和38(1963)年、中高生の非行が社会問題になり、このことばが広まった。筆者が子供の頃、よく聞いたことばだった。

 漫画『男一匹ガキ大将』、映画『愛と誠』、少し時代が下るが、横浜銀蝿も「番長がらみ」、女番長すなわち「スケバン刑事」も(公安プラス)番長案件である。「番を張る」、これは大勢を仕切るリーダーになることなのだけれど、それが級長とか社長とはまたひと味違うところに物語が生まれる。

 この年の主な事件は、「国産テレビアニメ第1号『鉄腕アトム』放送開始」「人口105万人の新都市、北九州市が発足」「吉展ちゃん事件発生」「大阪駅前に日本初の横断歩道橋完成」「黒部川第四発電所(黒四ダム)完工式」「政府主催の第一回全国戦没者追悼式開催」「米原潜寄港反対集会を横須賀・佐世保で開催」「新1000円札(伊藤博文肖像)発行」「三井三池鉱業所三川鉱で大爆発」「プロレスラーの力道山、やくざに刺され死亡」など。

 この年の映画は『五番町夕霧楼』『アラビアのロレンス』。大鵬が大相撲初の6場所連続優勝。経済企画庁は、『経済白書〈先進国への道〉』を発表。まさに高度経済成長時代のはじまりを告げる時代であった。

 後年、このことばを冠せられたのは巨人軍在籍中の清原(和博)だった。選手会長などの公式なリーダーではないが、王者巨人の一派を堂々と率いるさまを見て、マスコミが思わず「番長」の称号を与えてしまった。これが流れだろう。

 いま番長はどこに? 裏のリーダーは不要な時代? 狡猾(こうかつ)さではない、番長の一本気さが懐かしい令和である。 =敬称略 (中丸謙一朗)

 

 〈昭和38(1963)年の流行歌〉 「高校三年生」(舟木一夫)「こんにちは赤ちゃん」(梓みちよ)「見上げてごらん夜の星を」(坂本九)

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