【勝負師たちの系譜】女流棋士、一変した対男性勝率 男性棋士と同等の実力を持つことも - zakzak:夕刊フジ公式サイト

記事詳細

女流棋士、一変した対男性勝率 男性棋士と同等の実力を持つことも

 女流棋士の制度ができたのは1974年で、最初は6人でのスタートである。

 そして、男性棋戦への参加が認められたのは、その7年後、新人王戦からだった。

 もっとも最初は男性棋士との実力差は大きく、10年以上に亘って、38連敗を喫した。

 最初に男性棋士に勝ったのは、初期の蛸島彰子女流六段の時代から世代交代した、中井広恵女流五段(当時)で、1993年の竜王戦6組でのこと。相手は故池田修一六段(当時)だった。女流棋士ができてから、20年近くかかったことになる。

 池田はまだ中盤戦かと思える局面で、深夜まで頑張って粘っても、逆転する可能性は低いとみて投了した。それだけ中井の実力が、評価されていたことになる。

 それからは「他の棋士も負ければ怖くない」という訳ではないが、男性棋士もよく負けるようになった。

 それでも女流棋士の対男性棋士勝率は、ずっと2割くらいだったのが、ここにきてガラッと変わってきた。

 その立役者が、里見香奈女流四冠と西山朋佳女流三冠の奨励会三段在籍者。そして元奨励会初段の加藤桃子女流三段である。

 加藤(当時女王)は2017年、朝日杯将棋オープン戦1次予選で、1日2局の枠を、藤倉勇樹五段、中川大輔八段と連勝して枠抜けしたことがあったが、もはや誰も不思議とは思わない時代となっていた。

 翌年の2018年は、全女流棋士の対男性の成績が16勝20敗(0・444)というところまできた。里見に至っては、むしろ勝ち越しなのである。

 そして最近注目されたのが、西山の活躍だ。前期の竜王戦では6組で1回戦から4連勝して準決勝まで進み、組優勝かと期待されたが、星野良生四段にベスト4で敗れ、優勝は成らなかった。

 また先週、ヒューリック杯棋聖戦の2次予選決勝で、西山が屋敷伸之九段相手に本戦入りなるかの一局が注目されたが、残念ながら屋敷の緻密な指し回しの前に涙を飲んだ。

 とは言え棋聖戦では、1次予選を4連勝、2次予選も森下卓九段に勝っての決勝だから、もはや男性棋士と同等の実力を持つ女流とみて良いであろう。

 ■青野照市(あおの・てるいち) 1953年1月31日、静岡県焼津市生まれ。68年に4級で故廣津久雄九段門下に入る。74年に四段に昇段し、プロ棋士となる。94年に九段。A級通算11期。これまでに勝率第一位賞や連勝賞、升田幸三賞を獲得。将棋の国際普及にも努め、2011年に外務大臣表彰を受けた。13年から17年2月まで、日本将棋連盟専務理事を務めた。

関連ニュース

アクセスランキング

×