【昭和のことば】女子バレー、大松博文監督が編み出した「回転レシーブ」(昭和37年) - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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女子バレー、大松博文監督が編み出した「回転レシーブ」(昭和37年)

 床に拳をはわすようにしてゴロゴロと回転しながらレシーブをする、例のアレである。当時の女子バレーボール、日紡貝塚チームを率いる大松博文監督が編み出した技である。

 今では当たり前のように思えるが、柔道の受け身技のように体を斜め前に1回転させながら、(それまでは諦めていた)広範囲の打球を拾う「新戦法」で、この年、モスクワで行われた世界選手権で他国に圧勝し、その技術は自チームだけでなく、バレーボール界そのものも進化させた。

 この年の主な事件は、「東京、世界初の1000万人都市へ」「日本電気、国産初の大型電子計算機発表」「テレビ受信契約者数1000万人突破」「東京・常磐線の三河島駅構内で二重衝突」「大日本製薬、サリドマイド系睡眠薬の出荷停止(サリドマイド事件)」「堀江謙一、日本人で初めて小型ヨットで太平洋を横断」「伊豆七島の三宅島、22年ぶりの大噴火」「北九州・洞海湾の若戸大橋開通」など。

 映画は『キューポラのある街』。本は、北杜夫の『楡家の人びと』、司馬遼太郎『竜馬がゆく』。テレビでは、『てなもんや三度笠』、『ベン・ケーシー』がはやった。経済成長の半面、薬害や偽札などで社会が揺れた。

 後年、この回転レシーブは、アニメ『アタックNo.1』や女子系スポ根ドラマ『サインはV』などで、子供たちを中心に圧倒的な熱量で広がりを見せる。

 バレー部上がりの私だが、これは男子もやった。いろんなところをぶつけるので、フライングレシーブよりも痛い。女子は強いのである。 =敬称略

(中丸謙一朗)

 〈昭和37(1962)年の流行歌〉 「可愛いベイビー」(中尾ミエ他)「王将」(村田英雄)「いつでも夢を」(橋幸夫、吉永小百合)

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