【軍事のツボ】戦争で猛威を振るう感染症 (1/3ページ) - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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戦争で猛威を振るう感染症 (1/3ページ)

 ワクチン接種が進んでいるとはいえ、東京に4回目の緊急事態宣言が出されるなど、収束にはまだ時間がかかる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)。「人類の歴史は感染症との戦いの歴史」といわれるぐらい、感染症、特に新型コロナなどのように短期間で多くの人に広がる感染症は人類にとって、現在でも難敵だ。そして軍隊は基本的に多くの人間が密集していることなどから、感染症と深く関わってきた。

 まず、細菌、ウイルス、真菌、寄生虫といった病原体により引き起こされる感染症(伝染病)について触れておく。感染症の中でも問題になるのが集団感染症(疫病)で、天然痘、ペスト、結核、コレラ、腸チフス、マラリアなどが人類を脅かしてきた。

 これらの出現は、人類史において1万年前頃から定住による農業が始まったことと軌を一にする。人口密度が格段に上がり、生活環境内に排泄(はいせつ)物や汚水など病原体を含むものがとどまりやすくなったことなどが要因とされる。

 ではどのようにして集団感染症が発生するのか。集団感染症の原因となる病原体は感染力が強く、短期間で集団全体が病原体にさらされる。すると患者は死亡するか回復して抗体を持つかのどちらかになる。病原体は人間の体内でしか生存できないため死滅し、大流行は収束する。しかし集団が抗体を持たない次の世代になり、外部から新たな感染者が入ると、再び集団感染が起きる。

 つまり、集団感染症には流行のサイクルがあり、それを断ち切ることができるのはワクチン。新型コロナも世界的にワクチン接種を徹底して進めないと、いずれ次のパンデミックが来る。

 こうした病原体にとって都合のいい状況にあるのが戦場だ。近代以前は、戦場で敵に殺される戦死よりも劣悪な環境(食料、衛生状態、疲労の蓄積など)により病気になって死亡する戦病死の方が多かった。日露戦争(1904~1905)は、戦死者数が戦病死者数を上回った史上初の戦争だったともされる。日本陸軍の戦没者約8万8000人のうち、戦病死者は約2万7000人、ロシア軍は戦没者数約8万1000人で、うち戦病死者数は約2万人とされている。

 日本陸軍は日清戦争(1894~95)当時から集団感染症を意識し、帰還兵を対象にした検疫所を全国3カ所に作った。瀬戸内海に浮かぶ似島(にのしま、広島市)に1895(明治28)年に開設された似島検疫所はその一つで、世界最大級だった。

 日清戦争では戦地でペスト、コレラ、腸チフスなどが蔓延(まんえん)。広島市の宇品港(広島港)が中国大陸への兵站基地になったことで兵士が帰還してくると、広島市内を中心にコレラが流行した。対策のために宇品港から3キロほど沖合にある似島に検疫所が開設された。

 船舶の消毒には石炭酸が使われ、衣服や持ち物、貨物は高圧蒸気による蒸気消毒(所要時間約15分)とホルマリンを使った薬物消毒(同約30分)を併用、人間は浴槽沐浴(もくよく)とせっけんによる洗浄が行われた。開設された95年6月1日から10月31日までに船舶2629隻、人員100万人余りにおよぶ検疫が行われたとの調査がある。

 割合が低下した戦病死者だが、日中戦争の長期化で事情が逆転する。1941年時点での戦死者数1万2498人に対し、戦病死者数は1万2713人。大多数が糧秣や医薬品不足での戦病死だった。

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