【昭和のことば】ミュンヘン五輪でバレーボール「金」の日本チームが繰り出した「時間差攻撃」(昭和47年) - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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ミュンヘン五輪でバレーボール「金」の日本チームが繰り出した「時間差攻撃」(昭和47年)

 令和の東京五輪は早くも後半戦。開催前のドタバタを尻目に、連日の興奮に釘付けになる純なスポーツファンも多いことだと思う。

 この年、開催されたミュンヘン五輪で、バレーボールの日本チームは、体格の勝る世界の強豪を相手に、「時間差攻撃」を頂点とする多彩な攻撃を操り、見事金メダルを勝ち取った。故松平康隆監督率いる、日本男子バレーボール界の黄金期であった。その活躍は、TVアニメなどでも広く取り上げられ、(筆者を含む)多くの子供たちのバレーボール人気を生んだ。

 この年の主な事件は、「グアム島で元日本兵横井庄一氏を発見」「連合赤軍、軽井沢浅間山荘に籠城(浅間山荘事件)」「明日香村高松塚古墳で極彩色壁画発見」「沖縄県発足」「イスラエルで日本人ゲリラ3人が自動小銃乱射。死者26人」「『日本列島改造論』を発表、第1次田中角栄内閣成立」「運転時の『初心者マーク』の貼り付けを義務化」「パンダのカンカン・ランランが上野動物園へ到着」など。

 第11回冬季五輪札幌大会で、笠谷幸生ら日の丸飛行隊が70メートル級ジャンプで金、銀、銅を独占。ミュンヘン五輪では男子バレーボールの他にも、男子体操、水泳など、多くのメダルが日本にもたらされた。有吉佐和子が『恍惚の人』を発表。テレビでは『刑事コロンボ』や『アタックNo.1』も人気となった。

 圧倒的な力の差にコツや技術で立ち向かう。まさに当時の日本を象徴するような「攻撃」だった。いま世界は「力+技術プラスα」の時代。スポーツも経済も、ニッポンはさらなる高みを目指す。 =敬称略

  (中丸謙一朗)

 〈昭和47(1972)年の流行歌〉 「女のみち」(宮史郎とぴんからトリオ)「瀬戸の花嫁」(小柳ルミ子)「ひとりじゃないの」(天地真理)

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