【昭和のことば】関敬六のアドリブから生まれた「ムッシュムラムラ」(昭和42年) - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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関敬六のアドリブから生まれた「ムッシュムラムラ」(昭和42年)

 まるでおもちゃ箱の片隅から引っ張りだしてきたような、久しぶりに聞いたことばだ。

 昭和42(1967)年に日本での放送が始まったアメリカのアニメ『スーパースリー』で、コイルの吹き替えを担当したコメディアン、関敬六のアドリブから生まれたことばである。気合を入れるときや決め技を繰り出すときに、この「おもしろくて意味のない」掛け声を連発した。

 世代的にこれが「刺さった」人は多く、のちの時代のコメディアン、ダチョウ倶楽部は、(ややエロチックな意味合いで)このことばをギャグとして使い、『スーパースリー』を知らないフォロワー世代に復活させた。

 この年の主な事件は、「第2次佐藤栄作内閣成立」「東京都知事に美濃部亮吉が当選」「公害対策基本法公布」「四日市ぜんそく患者が石油コンビナート6社を相手に提訴」「三派系全学連反対デモで学生1人死亡(第1次羽田事件)」「吉田茂没、戦後初の国葬」「小笠原返還を明示した日米共同声明発表」「都電銀座線など9系統廃止」「テレビ受信契約数、2000万突破」など。

 本は大江健三郎『万延元年のフットボール』、多湖輝『頭の体操』。映画は『日本のいちばん長い日』。テレビでは『スパイ大作戦』がはやった。ユニバーシアード東京大会開催。グループサウンズブームの頂点にザ・タイガースが立ち、巷では「フーテン族」が生まれた。

 昭和時代、口癖や語呂合わせ、意味はないが軽快な語感から生まれる名フレーズは花盛りだった。難しくない、誰にでもやさしい「言葉遊び」は、忘れてはいけない「文化」だ。 =敬称略

  (中丸謙一朗)

 〈昭和42(1967)年の流行歌〉 「ブルー・シャトウ」(ジャッキー吉川とブルーコメッツ)「世界は二人のために」(佐良直美)「小指の想い出」(伊東ゆかり)

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