【日本の元気 山根一眞】日本唯一の「雑誌図書館」を守りたい 「大宅壮一文庫」がなければ取材や執筆は成り立たない - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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日本唯一の「雑誌図書館」を守りたい 「大宅壮一文庫」がなければ取材や執筆は成り立たない

 1923(大正12)年9月1日、相模湾を震源とする関東大震災が発生した。東京都心は大火災に見舞われ、首都は壊滅。死者・行方不明者は10万5000人。その犠牲者の87%が焼死という生き地獄だった。

 その関東大震災を予測し、想定焼失戸数や死者数を18年前の1905(明治38)年9月に発表した偉大な地震学者がいた。今村明恒(1870~1948年)だ。

 雑誌『太陽』(博文館)に「市街地に於る地震の生命及財産に對する損害を輕減する簡法」という一文を寄稿したが、一般向け雑誌であったため大反響があり、その後「ほら吹き」という批判にさらされることにもなった。2013年には『関東大震災を予知した二人の男 大森房吉と今村明恒』(上山明博著、産経新聞出版発行)という名著が出ているが、『太陽』の記事は、一部引用のみだった。

 同様に件の記事を引用した論文は多々あったが、オリジナルの全文が読みたかった。そこで『太陽』の該当号を探したが図書館にも古書店にもない。116年前の雑誌ゆえ無理もないが、日本唯一の雑誌図書館、大宅壮一文庫(東京都世田谷区八幡山)の『大宅壮一文庫所蔵目録』(今年5月刊行、収蔵雑誌1万2700種のリスト、全775ページ)を見たところ、あったのだ!

 早速問い合わせたところ、「肝心の162ページが切り取られておりオリジナルの提供ができません」という。大宅壮一氏が古書店で購入した段階ですでに切り取られていたのだろう。残念だった。

 ところが、「切り取られた該当頁は、他の所蔵館から複写を取り寄せました」という知らせがあったのだ。他の所蔵館とは公益財団法人三康文化研究所附属三康図書館で、博文館の創業者、大橋佐平氏による旧大橋図書館直系の施設だという。何ともありがたい。

 こうして翌日、大宅壮一文庫を訪ね10ページ分の全文複写を得ることができたのだが、切り取られていたのは162ページだけだった。前ページの記事「理學博士 松村任三 我國植物の名稱」の記事部分が切り取られていたため、当該ページの冒頭ページのみが損失していたのだ。いやはや。

 10ページ分の「市街地に於る地震の…」の全文を読み、被害予想が16年後の関東大震災とほぼ一致していることを知った。論文などの引用ではわからなかった詳細な警告内容は「今後の30年間に70%の確率で発生する」首都直下型地震への教訓も多く感動した。

 私は、大宅壮一文庫を創設直後から50年近く利用してきた。取材準備や記事執筆活動は大宅壮一文庫なしには成り立たなかった。その感謝の思いもあり評議員も引き受けてきた。

 今回、欠損したページを即時に他の図書館から取り寄せてくれたことは、館員の深い文化ネットワーク力を物語る。ネットではあり得ない「リアルな人の力」ゆえだ。だが、大宅壮一文庫は活字文化や出版遺産を大事にしない時代を迎えて運営危機にある。蔵書数80万冊の雑誌の全記事インデックス作りは人の手でなければできず、その努力は筆舌に尽くし難い。

 以前にも伝えたが十分な人件費もままならない窮状が続いており、広く一般の方々の支援を求めている。ささやかでも皆さんのお力を寄せていただければと切望しています。

 ■山根一眞(やまね・かずま) ノンフィクション作家、福井県年縞博物館特別館長。北九州博覧祭北九州市パビリオン、愛地球博愛知県総合プロデューサーなど多くの博覧祭、万博を手がけてきた。近刊は『スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち』。「山根一眞の科学者を訪ねて三千里」(講談社)などを連載中。理化学研究所名誉相談役、JAXA客員、福井県文化顧問、獨協大学環境共生研究所客員研究員、日本文藝家協会会員。

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