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【賞賛される日本】南太平洋の親日国家・パラオ 激戦地で語り継がれる日本将兵の武勇

ニュースカテゴリ:政治・社会

【賞賛される日本】南太平洋の親日国家・パラオ 激戦地で語り継がれる日本将兵の武勇

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ナカムラ元大統領  ★(3)

 《諸国から訪れる旅人たちよ、この島を守るために日本軍人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い、そして玉砕したかを伝えられよ》

 米太平洋艦隊司令長官、C・W・ニミッツ提督から、日本軍将兵に送られた賛辞である。

 1944年9月15日、猛烈な艦砲射撃と空爆に援護された米第1海兵師団が、西太平洋にあるパラオ諸島ペリリュー島への上陸を開始した。

 「3日で陥落させる」

 マリアナ諸島攻略の余勢をかった米軍は豪語した。だが、彼らを待ち受けていたのは、これまで経験したことのない精強無比なる日本軍守備隊の猛反撃だった。続出する死傷者の山に、米兵は“悪魔の島”と呼んで罵(ののし)った。

 米軍を迎え撃ったのは、中川州男大佐率いる陸軍水戸第2連隊を中心とする約1万2000人。日本軍は、地元住民を安全な島に疎開させ、これまでの水際撃滅・万歳突撃の戦法から、洞窟陣地による持久戦に切り替えた。そのため、米軍は未曾有の損害を出すことになったのである。

 後に、ニミッツ提督は「ペリリューの複雑極まる防備に勝つには、米国史における他の上陸作戦にも見られなかった戦闘損害比率(約40%)を甘受しなければならなかった。すでに制海権制空権を握っていた米軍が、死傷者あわせて1万人超の犠牲者を出し、この島を占領したことは、今もって疑問である」と、著書『太平洋海戦史』で回想している。

 当時、日本の戦局は振るわず、連日暗いニュースが届くなか、ペリリュー守備隊の戦いぶりは大本営幕僚を驚かせ、消沈していた全軍を奮い立たせた。天皇陛下から11回もの御嘉賞(お褒めの御言葉)を下賜され、ゆえにこの島は「天皇の島」とも呼ばれた。

 99年9月15日、戦後、島に再建された「ペリリュー神社」で慰霊祭が執り行われた。参列した元米海兵隊員らは玉串をささげ、勇敢に戦った日本軍将兵に敬意を込めて神殿に敬礼を投げた。ペリリュー神社には、冒頭のニミッツ提督が送った賛辞が刻まれた石碑が建立されている。

 そして、現在も日本軍将兵の武勇は地元住民に語り継がれており、その勇気と敢闘をたたえる『ペリリュー島の桜を讃える歌』まである。この国を訪れる日本人は、パラオの人々の親日感情や今も残る日本語に驚き、感動することだろう。

 私は99年当時、パラオ共和国の国家元首だったクニオ・ナカムラ大統領と面会した。

 ナカムラ氏は「日本は親愛なる国です。日本とパラオの関係は極めて良好で、これからも発展していくでしょう。わが国は、日本の国連における立場、国際組織への貢献、さまざまなプロジェクトを支持していきます。この良好な関係を次の世代に伝えていく責任があります」と語った。

 パラオ共和国の国旗「月章旗」は、日章旗にちなんでデザインされたもので、「月(パラオ)は太陽(日本)が輝いてこそ輝く」という意味が込められたという説もある。パラオは南洋最大の親日国家である。

 アジアは中国・韓国だけではない!

 南太平洋には親日国家・パラオがいる!

 (軍事ジャーナリスト・井上和彦)

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