zakzak

記事詳細

「稀勢引退」人気と協会に潰された“和製横綱” 悔やまれるあの時…休んでおけばよかった17年夏 (1/2ページ)

 横綱稀勢の里(32)が初場所4日目の16日に現役引退を表明し、年寄「荒磯」を襲名した。横綱在位わずか12場所の短命。数々のワースト記録を更新したが、絶大な期待を集めて19年ぶりに誕生した和製横綱は、なぜこれほど惨めな結末を迎えなければならなかったのか。人気を当て込んで横綱に昇進させた八角理事長(元横綱北勝海)ら日本相撲協会幹部の責任は重く、自分の人気と協会に潰される形になった。(塚沢健太郎)

 稀勢の里は会見で「横綱としてみなさんの期待に応えられないことは、非常に悔いを残しますが、私の相撲人生においては一片の悔いもありません」と第一声。

 今月7日の明治神宮奉納土俵入りで着用した化粧まわしの絵柄にもなっている漫画『北斗の拳』のラオウの名セリフ「我が生涯に一片の悔いなし」をほうふつさせたが、約30分の会見中、何度も涙を拭った。

 今場所も初日から3連敗。横綱として単独ワースト記録の8連敗を喫した稀勢の里は、再び土俵に立つことは許されないと感じたのだろう。

 九州場所を途中休場し、横綱審議委員会が初の「激励」を決議。相撲ファンからの厳しい声も耳に届いていたはずだ。

 「潔く引退するか、いつも稽古場で自問自答していた。ファンの人たちのために相撲は続けようと、そういう判断でやってきましたが、このような結果になって申し訳ない」とついに力尽きた。

 新入幕は貴乃花に次いで史上2番目に若い18歳3カ月で、若いうちから将来を嘱望されたが、大関昇進までに7年を要した。31場所目の2017年初場所で初優勝し横綱に昇進したが、場所前には明確に「綱取り場所」とされていなかった。そればかりか、昇進を決めた横綱審議委員会の席で八角理事長ら協会側は、稀勢の里が前年に69勝で年間最多勝を受賞したというデータを持ち出し、安定度抜群であると力説。和製横綱で人気を回復させたいという協会の思惑からドサクサ紛れに昇進させたことには、当時から疑問の声も多かった。

 結果的に相撲人気は大復活し、稀勢の里の横綱昇進後はすべて満員御礼で、特に東京場所は札止め(入場券完売)。人気は完全に定着したが、その重圧が稀勢の里にのしかかった。

 運命を分けたのは、左胸などの負傷を押して強行出場し新横綱Vを果たした17年春場所(大阪)といわれるが、むしろ翌夏場所がカギだった。

 稀勢の里が入門時から十両に昇進するまで付け人を務めた兄弟子の西岩親方(元関脇若の里)は、「いま考えると、休んでおけばよかったですね」と無念の表情を浮かべる。

 その夏場所は稀勢の里人気で15日分のチケットが久々に発売即日完売。横綱として初の東京場所で、協会はまさに“おんぶにだっこ”。初日から目玉の不在は許されないムードだった。

関連ニュース

アクセスランキング