zakzak

記事詳細

ベテランスカウトが明かす! イチロー幻の“ロッテ遊撃手で1位指名” 名電グラウンドで極秘の適性テスト (1/2ページ)

 現役を引退した元米大リーグ・マリナーズ外野手、イチロー氏(45)=本名・鈴木一朗=は、愛工大名電高時代からその類いまれな打撃センスを高く評価されてはいたが、プロ入りはオリックスの1991年ドラフト4位で「投手」として指名された。しかし、実は「遊撃手」として1位指名を検討していた球団があった。日米の野球史に名前を刻む傑出した才能をめぐって、スカウトたちが繰り広げた暗闘と後悔の秘話を明かす。(片岡将)

 現在第91回選抜高校野球大会が行われている甲子園球場のバックネット裏では、多くのスカウトが金の卵の成長過程を見守っている。28年前の第63回大会(1991年)も、その光景に変わりはなかった。

 この大会に愛工大名電高のエースとして出場していたのがイチロー氏。ただ、高い評価を付けていた球団は専ら打者としてみており、ドラフトで4位指名することになるオリックスの他にも、日本ハムが外野手転向を前提に中位から下位での指名を検討していた。

 「高校時代のイチローね。俺は担当じゃなかったが、いいセンスの打者だと思ってみていたよ。そりゃ、メジャーで首位打者になって安打記録を作るなんて思ってたわけじゃないけど。当時はいかにも線が細くてね…。担当スカウトはほれ込んでいたけど、上位での指名は厳しいだろうというのが上司も含めた周囲の評価だった」

 そう振り返るのは、日本ハムの山田正雄スカウト顧問(74)=元GM。当時の日本ハムの東海地区担当スカウトは、三沢今朝治氏(78)=現BCリーグ・信濃取締役相談役=だった。

 「『打撃センスはものすごいし、足もある。オリックスは確実に狙っているから、3位で行くべきだ』って三沢さんは主張したけど、球団の上層部が納得しなかった。5位以降で指名する予定だったんだけど、オリックスに持っていかれた」

 獲得に成功したオリックスの担当スカウトは三輪田勝利氏。こちらもドラフトでは上位指名を進言していたが、上層部の同意を得られず4位での指名となった。

 「三輪田さんも三沢さんも2位か3位の評価。ところが、『名電の鈴木を1位で指名すべき』と言い続けていたスカウトがいた。ロッテの水谷ってスカウトだ」

 ロッテで東海地区担当スカウトだった水谷則博氏はもともと1968年に中日にドラフト2位で指名されてプロ入りし、73年のシーズン途中にロッテへ移籍した左腕投手。80年から4年連続2ケタ勝利を挙げ、通算108勝(111敗)をマークした。ロッテに12年間在籍した山田顧問とは73年だけチームメートとなった。88年の現役引退後スカウトとなり、敏腕として名が通っていた。

 山田顧問は「あとから酒の席で水谷から聞いた話だけど…」と前置きした上でこう明かす。

 「ロッテも上が『遊撃ならまだしも、即戦力が期待できない高卒の外野手では上位は厳しい』って評価だった。水谷は投手だったから、ドラフト前に遊撃手出身のスカウトに付き合ってもらって名電のグラウンドまで行き、中村豪監督(当時)に『鈴木に遊撃のノック受けさせてみてください』と頼んだというんだ。諦めきれなかったんだろうね」

 いわば極秘の遊撃手適性テスト。結果は「捕球は腰高、肩は強いけどスローイングは安定しない。『内野では無理だろう』という評価で、上位指名を諦めざるを得なかった」。

関連ニュース

アクセスランキング