【今日も一緒にプロレスを楽しみましょう!】血を流し、精根尽き果てるまで… 昭和の巌流島で「究極の無観客試合」をしたアントニオ猪木とマサ斎藤 - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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【今日も一緒にプロレスを楽しみましょう!】血を流し、精根尽き果てるまで… 昭和の巌流島で「究極の無観客試合」をしたアントニオ猪木とマサ斎藤

 かがり火に浮かび上がる二人の侍。アントニオ猪木とマサ斎藤は、観客もレフェリーもいない二人だけの闘いに、血を流し、精根尽き果てるまで闘い続けた…。

 2020年、長引くコロナ禍に、プロレス界は無観客試合から観客席を少しずつ空けて、ファイトを披露している。まだまだ日常の風景には、ほど遠いが「プロレスの力」を再認識させられた。レスラーはファンの声援に、ファンは選手の頑張りに、再び立ち上がる勇気と元気を得るプロレスの力。無観客ではリングの上と下の相乗効果は生まれない。

 レスラーにとってはより過酷な闘いとなる無観客試合に、今から33年前の1987年10月4日、関門海峡に浮かぶ巌流島で挑んだのが猪木と斎藤だった。

 17世紀に宮本武蔵と佐々木小次郎が争った「巌流島の決闘」を約400年の時を経て思い起こさせる一戦。プロレス界のみならず日本中を巻き込み、話題を呼んだ。

 いつ、決戦の火ぶたが切って落とされるか、誰もわからない。まだ夜も明けきらない暁の空を見上げながら、森翁の渡し船で巌流島に向かった。ところが、一向に二人は現れない。多数、詰めかけていた報道陣は草野球に興じる者もいた。

 そこに「猪木が高熱を出して、宿舎で寝込んでいるらしい」という(丸秘)情報が飛び込んできた。他の記者に悟られぬように、一人、輪から離れ、下関市に戻った。

 名門旅館の玄関先。「猪木さんは」と女将に問うと「あ、氷風呂をご用意しました」と、あっさりと答えてくれた。すると、猪木が登場。「オッ」とほほ笑んでくれたものの、その表情はいつになく硬く、猪木事務所社長だった倍賞鉄男さんが「何とか、熱が下がったよ」と教えてくれた。

 巌流島に向かう猪木。渡し船の乗り場に向かうタクシーの車中でも、言葉少なだった。猪木が巌流島入りしたのは午後2時半。猪木が先だった。約400年前には小次郎を待たせた武蔵が勝利している。20世紀の決闘では、斎藤が猪木を1時間半ほど、待たせて決戦の場にやってきた。

 午後4時半、立会人の坂口征二、山本小鉄が試合開始と告げた。斎藤は定刻通り、リングに上がったが、猪木は姿を見せたものの、待機所となったテントに再び戻ってしまった。今度は猪木が武蔵になった。

 実際に昭和の決闘が始まったのは、午後5時過ぎ。締め技の応酬、時にはリング下の草地、砂地でも厳しい技が繰り出された。

 気が付くと陽は落ちていた。斎藤は血だるま。かがり火にたたきつけられ猪木の頭髪は焦げている。巌流島だからこそ、無観客だからこその独特の空間の中、最小限の照明を浴びた二人、いや二匹の獣の闘いは続いた。(プロレスライター 柴田惣一)

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