【メジャーの旅】いまだに破れない…アメリカ、人種差別の厚い壁 - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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いまだに破れない…アメリカ、人種差別の厚い壁

 本来なら、毎年4月15日が恒例のジャッキー・ロビンソンデー。しかし、今年は新型コロナウイルスの影響により、8月28日(日本時間29日)に延期された。それは彼にとって、もう一つの歴史的な日である。

 1945年、ニグロリーグ入りしたロビンソンは打率・387をマーク。黒人の機会均等を訴えていた新聞記者の計らいでレッドソックスの入団テストを受けた。だが、レ軍は人種差別を撤廃した最初のチームになるチャンスを見送った。

 一方、ドジャースのブランチ・リッキー会長はその卓越した才能や人柄に目を付け、彼のところにスカウトを派遣。担当者はロビンソンに感銘を受け、リッキーが会いたがっていると伝言。ひとまず、球団事務所に連れ出すことに成功した。

 8月28日、リッキーは初対面のロビンソンと約3時間にわたって会談。「私は長年にわたり優秀な黒人選手を探してきたが、君こそ理想の選手に違いない」と説得。彼は教養があって話術にもたけ、決して人を冒涜(ぼうとく)する言葉は使わなかった。

 しかし、大リーグに入ったらどんな目に遭うか、人種差別がはびこる世界で黒人を待ち受ける、あらん限りの仕打ちを説明しなければならなかった。彼にありったけの罵(ののし)りの言葉をぶつけ、「君はこれに黙って耐える根性はあるか?」と聞いた。

 そして、最後に「大リーグで初の黒人選手になる方法はただ一つ。何をされても絶対に仕返ししない勇気を持つことだ」と言った。それに対し、彼は少し考えて「私も騒ぎを起こさない」と約束。それこそ、リッキーの聞きたい答えだった。

 こうして、大リーグで人種の壁を破るための苦闘が始まり、ド軍の下部組織を経て、47年4月15日に初の黒人選手としてデビュー。その後も白人選手や観客の差別と闘い続け、次第に国民の人気を勝ち取り、新たなヒーローが誕生した。

 また、63年8月28日には「ワシントン大行進」という人種差別撤廃などを求める20万人以上のデモがあり、キング牧師が有名な「私には夢がある」と演説。それなのに、いまだに人種差別問題が起こるとは悲しい。(メジャーリーグ評論家・福島良一)

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