【サクラと星条旗】イチロー氏、伝説の1年目 日本人アスリートの劣等感を払拭 メジャーデビュー20周年、大谷快挙で再びクローズアップ (1/2ページ) - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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イチロー氏、伝説の1年目 日本人アスリートの劣等感を払拭 メジャーデビュー20周年、大谷快挙で再びクローズアップ (1/2ページ)

 今年は鈴木一朗(イチロー)氏のメジャーリーグデビュー20周年にあたる。

 あの1年目のシーズンは、日米の野球界そしてイチロー氏のレガシーに後世まで影響を与えるものとなった。多くのメディアがいま改めて日本のヒーローに賛辞を贈っている。

 ポップカルチャーのウェブサイトとポッドキャストのネットワークを提供する「ザ・リンガー」に掲載されたコラム「The Colossal Legacy of Ichiro’s Rookie Season(イチローのルーキーシーズンが残した巨大なレガシー)」の中で、筆者のジェイク・クリング-シュレイフェルズ氏はこのシーズンを「野球史上最高のルーキーシーズン」と称えた。同コラムは私の著書「イチロー革命」(2003年)からの引用もかなり多い。

 イチロー氏の2001年のシーズンは実に素晴らしく、数々の偉業を成し遂げたことから、賛辞を受けるに大いに値する。メジャー最多記録のシーズン116勝でシアトル・マリナーズを地区優勝に導いたのもその一つ。相手守備をものともせずグラウンド中にヒットをまき散らし、打率・350でア・リーグの首位打者を獲得し、他にも得意の内野安打で記録をたたき出すなど、数多くの偉業を達成して、ア・リーグのMVPに輝いた。

 レギュラーシーズンに続くア・リーグ優勝決定シリーズでマリナーズを下したニューヨーク・ヤンキーズのジョー・トーリ監督は、当時を思い出しながらこう語った。

 「イチローは到底守り切れる相手ではなかった。どこにでも打てるんだから。彼が一番打者として存在することがマリナーズの攻撃の鍵だった」

 最も印象に残るイチロー氏の神業の一つが、あのレーザービーム送球だ。今では「ザ・スロー」として人々の記憶に残るライトから三塁への見事な送球で、オークランド・アスレチックスの一塁走者テレンス・ロングを刺した。マリナーズの専属アナウンサーが「まるでスター・ウォーズの中の出来事」と表現したことは有名な話である。

 日本でもイチロー氏の試合は欠かさずNHKで中継され、街中の巨大モニター前には早朝でも人だかりができた。イチロー氏の活躍は観光業の起爆剤にもなり、日本からシアトルへの試合観戦ツアーが企画され、ツアー参加が一種のステータスシンボルにさえなった。日本メディアの関心度は狂乱のレベルに達した。

 コラムの中で、元アスレチックスのマーク・マルダー投手の話が紹介されている。「彼(イチロー)と対戦するとなれば、あいつら(リポーター)は前日に話を聞きたがり、試合後もまた話を聞きたがり、翌日まで何か聞き出そうとする」とマルダー氏は語ったという。「あれはなかなかクレイジーだった」

 イチロー氏の試合前のワークアウトを見たビジターチームの選手たちは、あまりの気合の入りように圧倒された。試合前にあれほどハードに練習に打ち込むメジャーリーガーは見たことがなかったのだろう。

 チームメートたちは彼のバットの扱い方に驚嘆した。まるで神宝を扱うように、ベンチではすぐ隣の特別な場所に置き、移動時は湿度管理されたケースに納め、飛行機では荷物室ではなく座席の上の棚に入れた。

 元マリナーズのブレット・ブーン二塁手は、グローブをピカピカに磨き上げるイチロー氏をよくからかったという。ブーン自身のグローブは、イニングの合間はダッグアウトの階段にポイと転がされていた。

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