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“番長”の仮面の下は異常なほどピュア ヒップアタック後の謝罪の涙は恐怖から

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“番長”の仮面の下は異常なほどピュア ヒップアタック後の謝罪の涙は恐怖から

 西武、巨人、オリックスで球界のスラッガーとして活躍、現役引退後の今でも“番長”として人気を博しながら、警視庁に覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで逮捕された清原和博容疑者(48)。その強面が醸し出すど迫力ぶりは有名だが、一方で親しい人間ほど「実は気が小さい」「とても傷つきやすい」と真逆のイメージを語っている。そんな虚像と素顔のギャップが心の闇を生み出し、人生を転落させたのか。これまでに夕刊フジが目撃した“奇行”の数々から検証する。

 西武時代でプロ4年目の1989年9月23日、当時の西武球場で行われたロッテ戦。4回の打席で清原容疑者のその後の“番長キャラ”を決定づける事件が起きた。

 死球に怒った清原容疑者がマウンドへ向かってバットを投げつけ、さらに駆け下りてきた平沼定晴投手(現中日チームスタッフ)に“ヒップアタック”をぶちかまし迎撃した一件だ。

 後年、平沼投手は夕刊フジのインタビューで「すごい迫力でした。まだ若い清原君が追い詰められた気持ちはよく分かりました」と証言している。

 実はその翌日、先輩の辻発彦内野手(現中日2軍コーチ)に付き添われ相手のロッカールームに平沼投手を訪ね謝罪。退出する際に涙を流した。目撃した関係者は反省の涙と受け取ったが、そうではなかったようだ。“敵陣”の真ん中で当時は球界屈指の強面だった村田兆治投手、袴田英利捕手からにらまれ、怖くて泣いたのが真相という。

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  • 西武時代の1989年9月23日のロッテ戦では、平沼の死球に怒りヒップアタックをお見舞いした

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