【新・悪韓論】“ケンチャナヨ文化”の本質は「不正の容認」 頻繁に起こるビル天井崩落事故、施工監理者は現金もらえば「大丈夫」

韓国南東部・浦項付近では、地震で大きな被害が出た(AP)

 15日に発生したマグニチュード(M)5・4の地震で、韓国は1週間たっても大騒ぎしている。

 日本式に言うと、震度3~4弱。震度4弱で大騒ぎとは、韓国の地面はめったに揺れないからだ。「地震大国」の日本では精度の高い建設技術が育ち、精度の高さを求める精神があらゆる分野に広がった。

 一方、地震がめったにない韓国では、「逆の文化」が育ったと見るのは間違いだろうか。

 逆の文化とは「ケンチャナヨ文化」のことだ。韓国人が頻繁に発する言葉で「大丈夫」とも訳されるが多義語だ。韓国人は「おおらかさの表れだ」などと自慢さえする。だが、私が見るところ、ケンチャナヨの本質は「不正の容認」だ。

 少しばかり寸法が違っても「ケンチャナヨ」。法律違反も現金を渡して「ケンチャナヨ」。その累積が一挙に爆発したのが2014年4月のセウォル号沈没事件だった。事件以降、韓国では「安全の重要さ」がしきりに叫ばれている。

 しかし、今回の地震では、そのころから建設が始まった「耐震設計1等級」のマンションの外壁が、無残にヒビ割れた。震源に近い浦項(ポハン)市ではビル全体が傾いたり、外壁が崩落したビルが数えきれない。

 もっとも、韓国では地震がなくても、ビルが傾き倒壊する事故がしばしば起こる。天井の崩落事故はより頻繁だ。原因は「設計ミス」や「設計図とは違う施工」「手抜き工事」「中抜き」(=鉄筋など資材の横領)「不良資材の使用」などだ。

 韓国が事実上の身分制度社会であることは、この連載で何度も述べてきた。一切働かない「両班」(ヤンバン=貴族)が絶対権力者として君臨した歴史は、今日も「額に汗するような仕事をするのは下人だ」という“社会的思い込み”になって機能している。

 「下人」視されている人々は、自らの仕事に誇りを持たない。誰も「一人前の職人になろう」とは思わず、建設現場の士気は低い。現場監督は資材の横領を「役得」と心得、施工監理者も現金をもらえば「ケンチャナヨ」。震度4弱で、大型マンションにも被害が出るわけだ。

 2年前に完成した韓国初のドーム球場「高尺(コチョク)スカイドーム球場」は雨漏りがひどく、梅雨時には傘を差しながらの野球観戦という風景が見られる。

 韓国では「古代日本は百済人が建国した」「飛鳥・奈良の大型建造物はすべて百済人の手による」という“神話”が信じられている。

 百済の首都だった扶余(プヨ)周辺の古刹(こさつ)を見れば、柱も桟もゆがんでいる。地震のない百済から日本に来た職人が、どうして今日にも通じるような耐震構造を備えた五重塔や神社を建てられたのか。

 一部の韓国人は、日本が大震災に見舞われると喜びの声を上げる。だが、日本の建造物はますます地震に強くなっている。地震大国であることは、さまざまな良い文化を育ててくれている。

 ■室谷克実(むろたに・かつみ) 1949年、東京都生まれ。慶応大学法学部卒。時事通信入社、政治部記者、ソウル特派員、「時事解説」編集長、外交知識普及会常務理事などを経て、評論活動に。主な著書に「韓国人の経済学」(ダイヤモンド社)、「悪韓論」(新潮新書)、「呆韓論」(産経新聞出版)、「ディス・イズ・コリア」(同)などがある。