【桂春蝶の蝶々発止。】芸人にとって「権力」とは? 「反政権側コメント」はコスパ最高の宣伝活動も…「日本の闇」感じる

桂春蝶

 子供が幼稚園の年長くらいとなりますと、ママ友同士の会話で「旦那の職業の探り合い」みたいなものが始まるそうです。医者や弁護士、パイロットの奥様などは、どこか得意げだとか。

 ですが、うちの嫁は「落語家」と言うのが恥ずかしかったようで、「旦那様は、どんなお仕事をなさっているの?」と聞かれて、何と答えが「日雇いです」だったんです(笑)。

 さらに、「どんな日雇いですか?」と聞き返されて、「伝統的な日雇いです」。もうあれには笑ってしまいましたね。

 確かに、芸能界は1つ1つ歩合の仕事で、究極の「日雇い労働者」。方々に敵をつくることは得策ではありません。特に、企業や広告代理店、そして、最もうまく付き合っていきたいのはマスコミ業界です。

 芸の質を上げて、空気を読み解き、人間性も高めてゆく。それは、「マスコミでの露出を多くして、ファンを増やすため」と考える芸能人は少なくないと思うのです。

 でも、芸人はどこかに反骨精神があり、権力を風刺する毒っ気も必要です。体制への迎合主義じゃ、ファンも魅力を感じないでしょうね。そんな人は、みなさん会社内で見飽きているでしょうし(笑)。

 そこで考えたいのですが、今、芸人にとっての、そして大衆にとっての「権力」とは何なんでしょうか? 政治ですか? 政権ですか?

 安倍晋三首相を風刺してもお咎(とが)めはありません。仕事が減ることもありません。それどころか、一部の方々に英雄扱いされ、メディアの仕事にあり付けることだって珍しくないのです。

 いわば、「反政権側コメント」は、撃っても自らは撃たれることのない、最高のコストパフォーマンスを誇る宣伝活動なのですよ。

 でも、それってカッコいいですかね?

 政権批判なら何でもいい。「I am not Abe」と言えば、とにかくもてはやされる。

 安倍政権にも「悪い部分」と「いい部分」があるはずです。「安倍憎し」で、話をつくってでも攻撃するメディア。それに迎合する電波芸者。その情報を鵜呑みにする思考停止の人々。

 私は思う。今の時代、マスコミこそ、多くを支配する「権力」なのです。ここに「日本の闇」を感じるのは私だけでしょうか?

 江戸時代、落語家はお侍さんを茶化して笑いをとりました。手討ちされる覚悟もあったに違いありません。マスコミ批判は芸人にとって、自らを滅ぼしかねない、もろ刃の剣です。でも、それが芸人の本質であるならば、それを追い求めてゆきたいと私は考えます。

 「桂春蝶の蝶々発止」。今年11月からスタートしましたが、来年も一層、さまざまなタブーに挑戦してゆく年にしたいと思います。

 みなさま、どうか良いお年を!

 ■桂春蝶(かつら・しゅんちょう) 1975年、大阪府生まれ。父、二代目桂春蝶の死をきっかけに、落語家になることを決意。94年、三代目桂春団治に入門。2009年「三代目桂春蝶」襲名。明るく華のある芸風で人気。人情噺(ばなし)の古典から、新作までこなす。14年、大阪市の「咲くやこの花賞」受賞。