【日本の元気】7万年分の「物差し」 これほど連続した年縞は世界では水月湖のみ

水月湖の年縞の一部。1年分が0・7ミリの縞をなす(山根一眞撮影)

★水月湖の年縞(前編) 

 福井県にある水月湖(すいげつこ)の「年縞(ねんこう)」が「世界の歴史の標準」になった。「それ何のこと?」と思われるだろうが、すでに多くの中学生は知っている。今年から採用された多くの中学校の教科書に、それが記載されているからだ。そのひとつ、東京書籍刊の中学2年生向けの国語教科書には、「読書への招待・歴史の物差し-水月湖の年縞」という読み物が太宰治の『走れメロス』と並び8ぺージにわたって掲載。実はこの文章は私が書いたのだが、ほかにも理科、社会、数学など各社刊の教科書に記載されている大科学成果なのである。

 水月湖は福井県の南西部、日本海に面した景勝地、三方五湖(みかたごこ)の5つの湖のひとつで、周囲およそ10キロ。東日本ではほとんど知られていないが、訪ねてみると日本にこんな美しい景勝地があったのかと思うはず。その水月湖が「世界の歴史の物差しの標準」となったとは、どういうことか。

 たとえば、ヨーロッパのある場所で古代人のミイラが発掘されたとする。それがいつの時代の人だったのかは、放射性炭素(炭素14という同位元素)の値を調べることで可能だ。大気中の二酸化炭素には一定の割合で炭素14が含まれているため、植物は光合成でこの炭素14も取り込んでいる。穀物などの植物を食べた人には、その炭素14が体に残っているのだ。

 炭素14は放射性物質であるため、一定の割合で少しずつ減少していく。そのため、ミイラの中の値を調べると、植物を食べてから何年が経過したかがわかる。これが炭素14による年代測定の原理だ。もっとも、その測定値は誤差がつきものだった。そこで求められていたのが、炭素14の値から正確な年代を知ることができる「物差し」だった。それが、水月湖の湖底にあったのである。

 水月湖の湖底には年々、そっとそっと堆積した泥が層を作っている。その泥の層は1年分が約0・7ミリ。あたかも年輪のような縞をなしているため、「年縞」と命名されたのである。年縞には木の葉など植物の化石が入っているので、その炭素14の値を調べれば、最上部の年縞(今年)から勘定して何本目の縞か、つまり何年前なのかの「物差し」とすることができる。水月湖ではその年縞が実に約7万年分、途切れることなく続いていた。これほど連続した年縞は世界では水月湖のみ。まさに奇跡の湖だ。

 まったく違う土地で発見されたミイラであっても、炭素14の値がわかれば水月湖の年縞という「物差し」によって、何万何千何十年前なのかがわかる。その誤差は1万年前でプラスマイナスわずか29年。日本最古の縄文土器が作られたのが1万6652年前とわかったのも、水月湖の年縞のおかげで、これまでの歴史が大きく書き換えられると言われている。この水月湖が歴史の物差しの世界標準となったのは、現・立命館大学古気候学研究センターの中川毅さんのチームによる研究成果なのである。

■山根一眞(やまね・かずま) ノンフィクション作家、獨協大学特任教授。1947年、東京生まれ。獨協大学ドイツ語学科卒。執筆分野は先端科学技術、環境、巨大災害、情報の仕事術など幅広い。近刊は『理化学研究所 100年目の巨大研究機関』『スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち』。理化学研究所相談役、JAXA客員、福井県文化顧問、3・11大指復興アクション代表、日本文藝家協会会員。