文大統領も合意蒸し返し「重大な欠陥」 交渉過程公表で地元メディア批判「国際社会の信頼低下」

従軍慰安婦問題を巡る日韓合意の検証結果発表を報じる28日付の韓国紙(共同)

 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は28日、慰安婦問題をめぐる2015年12月の日韓合意に対する作業部会の検証結果を受け、「政府間の約束であれ、大統領として、この合意で慰安婦問題が解決できないことを改めて明確にする」と表明した。韓国大統領府が明らかにした。日本政府は文氏の表明を受けて韓国政府に抗議。日本政府高官は28日、平昌冬季五輪に合わせた安倍晋三首相の訪韓について「行くのは難しい」と述べた。

 文氏は日韓合意について、「国際社会の普遍的な原則に反し、当事者(元慰安婦の女性)と国民を排除した政治的な合意だ」とし、合意に至った政府間交渉に「手続き、内容にも重大な欠陥があることが確認された」と述べた。また、合意にソウルの日本大使館前に設置された慰安婦像の撤去などで日本側の要求を韓国が受け入れた非公開部分があることが判明したことで、「国民に大きな失望を与えた」と語った。文氏は「歴史で最も重要なのは真実」とし、新たな対策を指示。韓国政府は新たな対策の方針を来年1月中に決める見通しという。

 文氏が検証結果に対する考えを明らかにしたのは初めて。5月の就任以降、文氏は日韓の慰安婦合意の扱いについては明言を避け、今回も合意の破棄や再交渉には言及していない。

 大統領府高官は「破棄という言葉は適切ではない」との認識を示した。元慰安婦らの意見を聞き、日韓関係に悪影響を与えないよう政府の立場を慎重に検討する構えで、来年1月中に方針を決める見通しという。また、韓国メディアによると、大統領府高官は再交渉や再合意の要求が「韓国政府の立場に含まれるべきではないか」とも答えた。

 文氏は一方で、「歴史問題解決とは別に韓日の未来志向的な協力のために、首脳外交を回復させる」と日韓関係を悪化させる意図がないことも強調したという。対日関係悪化を決定づける合意の破棄は避け、韓国が日本に再交渉を求めてくる可能性が出てきた。

 韓国政府は「韓日関係に及ぼす影響も考慮」(康京和(カン・ギョンファ)外相)しており、合意に反対する韓国世論が根強い中、対応に苦慮している。日本政府では、合意が「最終的かつ不可逆的解決」を確認しているとし、韓国に合意の履行を求め、交渉には応じない構えだ。

 韓国側が再交渉を持ち出すことは、慰安婦問題の蒸し返しだ。日本の世論や日韓関係の悪化は避けられないことを韓国政府も分かっている。自らが苦境に陥る可能性も顧みず、日本に対しては一方的な約束の反故(ほご)の繰り返しが許されると考えているかのようだ。

 日本外務省の金杉憲治アジア大洋州局長は28日、在日韓国大使館の李煕燮(イ・ヒソプ)公使に「日韓合意の維持以外に政策的な選択肢はない」と抗議し、ソウル大使館前の慰安婦像撤去など合意順守を求めた。

 河野太郎外相は同日、訪問先のトルコで記者団に対し「断じて受け入れられない。引き続き合意の着実な実施を強く求めていく」と述べた。「韓国政府が合意を変更しようとするのであれば、日韓関係が管理不能となる」とも批判し、合意の見直しには応じない考えを強調した。

 日本政府高官は28日、韓国政府が求める2月の平昌冬季五輪に合わせた安倍首相の訪韓について、「ここまで踏みつけられたら、日本国民も反発する」と語り、実現が困難になったとの見方を示した。(ソウル 名村隆寛、アンカラ 小川真由美)

 ■交渉過程公表、韓国国内でも批判「外交慣例を無視」

 慰安婦問題をめぐる日韓合意について、韓国外相直属の作業部会が交渉過程を一方的に公表したことに、韓国メディアからも批判が上がった。北朝鮮問題で日本との緊密な協力が求められる中、日韓関係の冷え込みを懸念する声も強い。

 「複雑で難しい交渉過程を外交慣例を無視して一方的に公開したことは、韓国外交への国際社会の信頼を今後、低下させるだろう」

 尹炳世(ユン・ビョンセ)前外相は27日の検証結果発表後、記者団へのメールで危惧を表明した。尹氏は2015年12月に合意を発表した当事者だ。

 検証報告書は、韓国政府が非公開の合意で、日本側の要望に対して譲歩していたことを問題視した。しかし、保守系紙、中央日報は28日、社説で「われわれの希望を成し遂げるには相手の要求も聞き入れなければならない。一定部分は公開できないこともある」と非公開合意に理解を示した。

 さらに「大きな問題は、経緯調査という名目で外交上越えてはならない一線が守られなかった事実だ」と指摘し、交渉過程の公表を批判した。

 安倍晋三政権が14年に慰安婦問題をめぐる1993年の河野洋平官房長官談話の検証結果を公表した際、韓国政府は「信頼を傷つけた」と非難していた。同紙は「日本はいうまでもなく、どの国が韓国政府を信じて秘密の取引ができるだろうか」と疑問を呈した。

 検証結果を受け、元慰安婦の支援団体などが「合意の無効化」を主張する中、朝鮮日報は社説で、合意を破棄し、再交渉を求めれば、「韓日関係は破綻するだろう」と警告。「北朝鮮が核武装の完成を宣言した状況で、いつまでも過去にとらわれているわけにはいかない」とも強調した。

 左派系の「ハンギョレ新聞」も外交的には慎重な対応が必要になるとの考えを示している。(ソウル 桜井紀雄)