【昭和のことば】無意味に拡散、元は戦時におけることばだった「代用品」(昭和13年)

 代用品とはなんとも物悲しいことばだ。この飽食の時代では、お気楽に「置き換えダイエット」などと若干無意味に拡散されている傾向もあるが、元はといえば戦時におけることばだった。

 まずは、綿製品の内地向け供給が禁止されたことから、「代用品」への転換が始まった。綿製品は人造絹糸、金属製品は竹、木、陶器で代用。牛革の靴は豚革へ。ガソリン車は薪自動車。どんぐり粉入りのパン、海藻入りの麺などは「代用食」と呼ばれた。作家の高見順は『敗戦日記』で、「浅草の『今半』で、『代用食一円』と貼紙があったので入ってみると、皿にわけのわからぬ白いものが乗り、ヒジキのようなものが混じっていた」と記している。

 この年の主な事件は、「政府、『国民政府を相手とせず』と声明」「大内兵衛・美濃部亮吉ら労農派教授グループ検挙(第2次人民戦線事件)」「国家総動員法公布」「満州移住協会、開拓義勇団に嫁ぐ『大陸の花嫁』2400人募集」「商工省、物品販売価格取締規則公布(公定価格制度の確立)」「張鼓峰で日ソ軍衝突。後、日ソ停戦協定成立」「久米正雄・林芙美子ら従軍作家陸軍部隊、漢口へ出発」「夕張炭鉱ガス爆発。死者152人」「近衛文麿首相、東亜新秩序建設を声明(第二次近衛声明)」など。

 この年の映画は『太陽の子』『愛染かつら』。本は窪川いね子『くれなゐ』、草野心平『蛙』、小川正子『小島の春』。前年の盧溝橋事件をきっかけにはじまった支那事変など、大陸との関係が悪化。この年、軍の侵攻などに伴い、落語家・漫才師の戦線慰問団「わらわし隊」、横山エンタツらの第一陣が出発した。=敬称略(中丸謙一朗)

 〈昭和13(1938)年の流行歌〉 「日の丸行進曲」(軍歌)「旅の夜風」(霧島昇、ミス・コロムビア)「支那の夜」(渡辺はま子)