【昭和のことば】マツダR360クーペ、スバル、三菱500…幕を開けた「マイカー時代」(昭和34年)

 「マイカー」は和製英語で、工学者・自動車評論家の星野芳郎の作といわれている。

 第二次大戦後はGHQによって禁止されていた日本の乗用車生産だが、昭和24(1949)年に解除され、昭和33(58)年には通産省による本格的な「国民車」構想が発表された。マツダR360クーペ、スバル、三菱500、ブルーバード、パブリカなどが順次登場、日本人のマイカー熱がいよいよ盛り上がってきた。日本のマイカー時代の幕開けである。

 この年の主な事件は「第3次南極観測隊、昭和基地に置き去りにされた樺太犬『太郎・次郎』の生存を確認」「東京・千鳥ヶ淵戦没者墓苑完成」「皇太子ご成婚、ミッチーブーム頂点に」「国民年金法公布」「ミス・ユニバースに日本代表の児島明子が輝く」「日産自動車、ダットサン・ブルーバード発売」「台風15号、中部地方を襲う。死者5041人、被害家屋57万戸(伊勢湾台風)」「水俣病問題で漁民1500人、新日本窒素水俣工場に乱入、警官隊と衝突」「学童の交通整理に緑のおばさん登場」など。

 この年の映画は『荷車の歌』『野火』。本は『にあんちゃん』(安本末子)、『海辺の光景』(安岡章太郎)など。テレビでは『スター千一夜』『ローハイド』が流行。街では爆音をあげてオートバイを疾走させるカミナリ族が横行した。

 その後、昭和41(66)年には、クルマの個人所有が30%を超え、生産台数も乗用車がトラック・バスを追い抜き、「マイカー元年」といわれた。マイカー時代は、偉いおとなからまだ半人前の若者まで、みんながマイカーを欲しがった。

 平成もあとすこし。次なる時代、自動車はわたしたちにとってどのような存在になっていくのか。(中丸謙一朗)

 〈昭和34(1959)年の流行歌〉 「南国土佐を後にして」(ペギー葉山)「黒い花びら」(水原弘)「黄色いさくらんぼ」(スリー・キャッツ)