【日本の元気】ドイツの超元気超高齢夫妻と感動の再開 自由闊達な生を謳歌「この家もあげる」

妻95歳、夫94歳、超元気フィッシャー夫妻と夫人らの作品(山根一眞撮影)

 昨年の12月、家内ともどもドイツの知人夫妻を訪ねた。目的地は南ドイツ、ラインラント=プファルツ州の古都、ダイデスハイム。ワイン用ブドウ畑に囲まれ、13世紀に作られた街並みが残る人口3700人の小さな町だ。

 私たちがここを初めて訪ねたのは44年も前のことだ。新婚旅行の途上、ライン川沿いを走る列車内で、著名な工芸家であるゲルトルード・フィッシャー夫人と親しくなり、この町にあった自宅に招待され、夫妻は私たちの結婚のお祝いをしてくれたのだ。

 その後、子供たちともども家族同様の交流が続いていたが、この十数年は会わずじまいだった。だが周囲の人たちから、「夫人はすでに95歳、ご主人も94歳。2人とも会いたがっているのに、どうして来ないの」と再三連絡があり、「元気なうちに会っておかなくては」という思いで、今はダイデスハイム郊外の小さな町に2人で暮らすお宅を訪ねたのである。

 後期高齢者どころではない超高齢夫妻ゆえ歩行もできないはず、面会はベッドサイドで1-2時間が限界と思っていたが、人生観がドーンと変わってしまった。

 夫人は来訪した私たちを強くハグして喜んでくれたばかりか、椅子の上に立ち上がり「こんなに元気よ」とバンザイまでして見せたのだ。それからの4日間は、知人友人を招いて自宅や町のレストランでの会食など彼女の采配によるスケジュールがびっしり。「25歳も若い」私たちの方がくたびれてしまった。

 また、夫人のマネジャーでもある94歳の夫、アウグスト氏も元気いっぱいで小型車を安全かつ機敏に運転、その疾駆ぶりには、戸惑うばかりだった。

 自宅地下室の書棚には、彼女がこれまでエルミタージュ美術館や日本など世界各国で主催してきた工芸展の分厚い記録ファイルが100冊以上あり、それぞれの思い出を語ってくれたが、彼女は座っている木製の台を指して「ここで眠るのよ」と笑顔。それは柩(ひつぎ)だった!

 さらに、レースのきれいな死装束も自慢そうに見せるのだ。視力をほとんど失い、わずかに視力が残る片眼に携帯電話のボタンを近づけては知人たちに電話をかけ、「1万キロ離れた日本からゲストが来ている」とお誘いを続けるのである。

 自宅内は工芸家らしい美しいインテリアで、彼女の作品に混じりクラシックな食器、19世紀の革表紙本などがたくさんあったが、「どれでも好きなものを持って帰っていいのよ」「この家もあげる」とまで。死の準備を万端に整えたことで、この世のしがらみを捨てることができ、かえって自由闊達(かったつ)な「生」を謳歌(おうか)できるようになったのだと思った。

 「3年後の私たちの結婚70周年には絶対に来るのよ」と念を押され、私たちは3年後の再会を疑うことなく約束し、涙なしに別れることができたのだった。

 日本では70歳を迎えると早々に「終活だ」とそわそわし始める人が増えた。それをあおる情報もあふれている。だが帰国後、私たち夫婦は年齢の話になると「あと最低でも25年はあるからね」が口癖となり、これからが新しい人生だとばかり、元気もりもり気分で過ごすようになったのだった。

 ■山根一眞(やまね・かずま) ノンフィクション作家、獨協大学特任教授。1947年、東京生まれ。獨協大学ドイツ語学科卒。執筆分野は先端科学技術、環境、巨大災害、情報の仕事術など幅広い。近刊は『理化学研究所 100年目の巨大研究機関』『スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち』。理化学研究所相談役、JAXA客員、福井県文化顧問、3・11大指復興アクション代表、日本文藝家協会会員。