【忘れない、立ち止まらない 東日本大震災から7年】「ついに…」月命日の捜索が“随時”に 岩手だけで今も行方不明者は1110人以上

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 「月命日の捜索 随時に」

 2月、県紙『岩手日報』にこんな見出しを見つけ、胸に鈍い痛みを覚えた。岩手県警察本部が、毎月11日の東日本大震災「月命日」付近に行ってきた行方不明者の捜索活動を、新年度から沿岸各署単位での「随時捜索」に切り替える方針を決めたという内容だった。

 「ついに…」。思わず声に出たが、あとは言葉が続かなかった。

 震災行方不明者は、岩手県内だけで今も1110人以上にのぼる。その捜索活動がずっと継続されていることについて、小欄では再三取り上げてきたので、もしご記憶の方がいれば幸いだ。

 一般にはあまり知られていないこの活動について繰り返し書くのは、「戻らぬ家族を待ち、いったいどう悲しんでいいかもわからないほど大きな悲嘆を抱えた方々がいる」ということを、誰かたった1人でも覚えていてくれたら…その一心からだった。

 一方、月一の捜索が行方不明者の直接発見に結びつくことは、残念ながらほとんどない。岩手では2012年12月に男性の人骨2片が見つかったのを最後に、この5年余りは有力な手がかりを得られずにいる。

 人海戦術による海岸線での捜索をはじめ、水中探索機の導入、海上保安部の協力による潜水調査、河口付近から運んだ土砂の洗い出しなど、年間1100人規模の署員が投入され、地道で丁寧な活動が行われているにもかかわらず、だ。

 活動の“やめどき”を失っているのだ、ということはうすうす感じていた。

 昨年の3月11日、仏教でいう「七回忌」を迎えた。関係者の中にも「いったん、このあたりで区切りを」という空気が少しずつ漂い始めたのだろうとも推察する。

 捜索が打ち切られるわけではない。今回の方針変更について「やむを得ない」と理解を示し、これまでの取り組みに深く感謝する家族。「一斉捜索は単に『探している』という既成事実づくりになっていた気がする」とし、別の角度から受け止めた人もいる。もちろん、「まだまだ探せていない場所もあるはず」とあきらめがたく思い、「毎月でなくても続けてほしい」と願うご家族も多い。

 年月が経つほど、身元不明者の特定や行方不明者の発見は難しくなる。一方で先月には「新手法でDNA鑑定、震災犠牲者3人の身元判明」という報道もあった。「これだけ長い時間がたってから見つかることもある」という事実は、いまだ葬儀を出せず、あの日から時間を止めたままでいる方々にとって、か細くも確かな支えとなるのではないだろうか。

 ■鈴木英里(すずき・えり) 1979年、岩手県生まれ。立教大卒。東京の出版社勤務ののち、2007年、岩手県大船渡市・陸前高田市・住田町を販売エリアとする地域紙「東海新報」社に入社。現在は記者として、被害の甚大だった陸前高田市を担当する。