《zak女の雄叫び お題は「新年度」》鮮度が薄れた政権の安定運営は謙虚さあってこそ

参院予算委で答弁する安倍首相

 安倍晋三政権発足から5年以上たち、安定政権の実現と引き換えに確実に色あせているのは政権の“鮮度”だ。長期政権の宿命とはいえ、鮮度が落ちて、腐敗してしまう懸念はないだろうか。

 永田町で「新学期」といえば、衆参選挙後に新人議員が初登院したり、閣僚や各党の役員人事が変わったりするときだが、国政政権5連勝中の今、そうしたフレッシュな場面は失われて久しい。いつからか、国会での与野党攻防が「いつもの議員がいつものパフォーマンスを繰り広げているだけ」に見えてしまうのは記者の惰性だろうか。

 開会中の通常国会について、首相が「働き方改革国会」と名付けながら、所管の厚生労働省による労働力をめぐる調査データはあまりにずさんだった。その結果、アベノミクスの成否を左右するとも言われる裁量労働制適用拡大に関する一部法案が働き方改革関連法案から削除されることになった。

 また、学校法人「森友学園」(大阪市)への国有地売却をめぐり、決裁文書が書き換えられていた疑惑が朝日新聞報道で浮上し、財務省は苦しい説明に追われている。いずれの問題も役所の仕事が精度に欠け、政府は国会審議への緊張感が欠けていることから起こった。

 少し前から政府関係者を取材していて感じていたことがある。官邸に近い国会議員や官僚を取材していると、こちらに気を許しているせいか、「この程度説明しておけば大丈夫だろう」「どうせ○日にはまとまるでしょ」などと話す人が少なくない。

 国会だけでなく、“身内”の自民党に対しても資料作成から政策決定プロセスまでどこか雑な印象なのだ。中には与野党間の協議も自民党内の政策議論も「できレースだから」(関係者)と軽視する態度を記者に隠そうともしない人もいる。

 そうした人の中には、首相や菅義偉官房長官に対しても、「あの人たちはこのくらいの説明があればOKだろう」といった具合で、緩んだ気持ちで対応をしているのではないだろうかと勘ぐりたくなる。そこに政権を揺るがす“落とし穴”はないのか。政府全体の仕事は「テキトー」になってはいないか。

 去年、小池百合子都知事が新たな国政政党「希望の党」を創設し、政権を一時崖っぷちまで追いつめたきっかけの1つは、学校法人「加計学園」(岡山市)の獣医学部新設計画をめぐる文書に関し、菅氏が記者会見で「怪文書」という言葉を使ったことだ。去年10月の衆院選で自民・公明両党が大勝したのは、小池氏の失速と野党の失策が大きい。小泉進次郎自民党筆頭副幹事長が「国民は安倍政権に飽きている」と看破したように、目新しさに乏しい政権に対する国民の視線は日に日に厳しくなっている。

 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」。鮮度を失った政権が長く続くために必要なのは謙虚さではないか。20年間続いたデフレからの脱却や憲法改正など、首相は歴史に残る実績を残そうとしている。本気で偉業を成し遂げようとするならば、首相はじめ政府関係者は、今こそ気持ちを引き締め丁寧な仕事を心がけるべきだ。

 長期政権に飽きてきたのは、政局好きな政治記者も同じ。朝日新聞に限らず、メディアが日々の取材から権力闘争や政権交代の端緒をつかもうとしていることを忘れてはならない。(M)

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【zak女の雄叫び】取材や日常…。女性記者21人が月ごとのキーワードで本音を綴るリレーコラムです。3月のお題は「新年度」です。