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【勝負師たちの系譜】谷川浩司氏、「光速の寄せ」でタイトル復帰 将棋の世界は精神の持ちようで立場が逆転 (1/2ページ)

★谷川浩司(3)

 スポーツの世界でもそうだが、高みに昇った人ほど、いつかは逆に頂点から落とされる悲哀を味わうことになる。

 1996年2月14日。将棋界初の七冠を達成され、多くの報道陣に羽生善治が囲まれていた時、敗れた谷川浩司の憔悴ぶりは、尋常ではなかった。

 自身が同じように、王者を引きずり降ろした経験があるだけに、自分にもいつかこういうことが起こることはわかっていても、それを消化するのは簡単ではなかったと思う。

 ただし将棋の世界は相撲などと違って、すぐに世代交代となるわけではなく、過去の王者にも巻き返すチャンスはある。特に将棋では精神の持ちようで、立場が逆転することがあるのだ。

 谷川はすべてを失った後、羽生の前に立ち塞がるのでなく、むしろ羽生の強さを認め、ともかく自分の将棋を指そうとしたのではないだろうか。全く違う気持ちで将棋に臨めた結果、同じ年の竜王戦で挑戦者となるや、4勝1敗で竜王位を奪取。翌97年の名人戦でも挑戦者となり、4勝2敗で名人に返り咲いたのだった。この時谷川は、名人位通算5期の規定により、17世名人(原則、引退後に襲名)の資格を得た。

 元来「光速の寄せ」の異名を取り、棋界一の鋭さを誇った谷川である。わずか1年ちょっとの間で、瞬く間に第一人者の地位を取り返したのは、不思議でも何でもない。谷川35歳の時だった。

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