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【昭和のことば】一時は都内で120軒が運営、憩いの場だった「国民酒場」(昭和19年)

 「国民酒場」は、酒やビールが乏しい配給制のなかで、料亭などの営業停止でだぶついた分の活用を図るため、市中の酒屋で夕方の一定時間に限り自由販売で立ち飲みを認めたものである(ひとりあたりビール一本か日本酒1合まで)。

 一時は東京都内で120軒が運営していた。戦時下の苦境のなかでほっと一息つける憩いの場だった。この認可の立案をしたのは、後の総理大臣、若き日の税務官僚、大平正芳氏らであった。

 この年の主な事件は、「文部省、食糧増産に学徒500万人動員決定」「宝塚歌劇団最終公演にファン殺到」「インパール作戦開始」「6大都市、国民学校学童給食開始」「B29爆撃機、北九州を空襲」「北海道噴火湾東岸で大噴火、昭和新山が発生」「東条英機内閣総辞職、小磯国昭内閣成立」「アメリカ軍、グアム島に上陸。日本軍1万8000人玉砕」「海軍神風特攻隊、レイテ沖で初攻撃開始」など。

 この年の映画は『加藤隼戦闘隊』『あの旗を撃て』。本は陸軍報道局編『必勝国民読本』、三島由紀夫『花ざかりの森』、太宰治『津軽』。この頃、軍事費が国家財政の85%を超えた。戦況に関する流言飛語も急増、戦争の敗色が濃厚となった頃の新聞には、敵軍を「鬼畜米英」とする論調が目立った。

 この年のもうひとつ有名なことばは「疎開」である。東京の第一陣が上野駅を出発したのはこの年の8月4日。都会っ子たちは慣れない田舎での生活とひもじさに苦しんだ。11月には東京空襲がはじまり疎開者が急増、翌年の全面降伏に向け、苦しい日々が続いていった。=敬称略(中丸謙一朗)

 〈昭和19(1944)年の流行歌〉

 「勝利の日まで」(軍歌)「ラバウル小唄」(軍歌)「同期の桜」(軍歌)

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