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【秘録 今明かす「あの時」】福島第二原発の過酷事故を止めた懸命の30時間作業 通常なら機械を使い1カ月かかる難業 (1/2ページ)

★福島第二原発の奇跡(1)

 2011年3月11日の東日本大震災で、東京電力福島第一原子力発電所で大事故が起こった。そのとき、直線距離で12キロしか離れていない同社の福島第二原発も危機に直面したが、過酷事故は避けられた。知られざる人々の奮闘を紹介したい。

 「全電源を失った福島第一と状況が違い、電源が残った。その点で運が良かった」

 第二原発の当時の所長、増田尚宏氏は事故を免れた理由を振り返った。

 第一原発では、津波で非常用電源設備が壊れ、地震で外部電源も切れ全電源が喪失した。そして、冷却不能になって原子炉が加熱し、核燃料が破損した。

 第二でも似た状況に陥った。震災時点で4つの原子炉すべてが稼働していたが津波が襲った。事前に想定した津波の高さは5メートル前後。ところが、最高9メートルに達し、防波堤を壊して乗り越えた。

 「津波の恐ろしさを深刻に認識すべきでした」と、増田氏は悔やむ。

 昨年10月、第二原発を訪ねると、海辺の冷却装置の置かれた建物内に水の跡があった。鉄扉が壊されて水が流れ込んだという。さらに波は敷地をさかのぼり、海面から15メートルのところまで一部浸水した。目の前にある海は穏やかで、荒れ狂う津波の巨大なエネルギーを想像するのは難しかった。

 第二原発は、4系統あった外部電源のうち1つが残った。さらに中央制御室が使え、監視と操作が行えた。4つのプラントには外部電源に加え、3台ずつ非常用発電機が備えられていた。1、2号機では地形の関係で水没個所が多く、それらがすべて壊れた。3号機は2つ、4号機は1つ残り、冷却は可能だった。

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