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【勝負師たちの系譜】棋神の強さで初の三冠王、升田幸三「戦地で逃げ回っている時も『木村名人に勝ちたい…』」 (1/2ページ)

★升田幸三(2)

 1949年、木村義雄14世名人は関東の俊英、塚田正夫名誉十段に奪われていた名人位を取り返し、復活を遂げた。翌年は大山康晴15世名人、その次は升田幸三実力制第四代名人の挑戦を退け、健在を見せつけた。

 しかしその翌年になると、さすがの木村も47歳となり、衰えを見せ始めた。次は升田という世評の前に立ちはだかったのが、やはり5歳年下の大山だった。

 升田にはその4年前、極寒の高野山での名人挑戦者決定戦第3局を、必勝の局面から頓死で大山に敗れ「錯覚いけないよく見るよろし」という有名な言葉を残した経験がある。苦手な寒さがこたえたという説もあった。

 この52年も升田は後れを取り、結局大山がそのまま名人となった。しかも木村が「良き後継者を得た」と言ったから、升田の心中は穏やかではなかったろう。

 この後、升田は2年連続で大山の名人位に挑戦するが、いずれも敗退。升田が真の表舞台に現れるのは、55年ごろからである。

 戦地(トラック諸島)で壊した体調が小康状態となり、気力も充実した升田は、棋神が乗り移ったかのような強さを見せた。

 まず56年1月の王将戦で大山を3-0で破り、王将位獲得。続いて行われた香落ちも勝ち、木村の時には実現しなかった、名人に香を落として勝つという、子供の頃に書き置きした通りのことが実現したのである。

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