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【「西郷どん」交友録】幕臣の勝海舟、ドラマと違う「江戸城無血開城」の真相 (1/2ページ)

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 今回の連載は「10年」がキーワードになっている。

 西郷隆盛は幼少期、大久保利通と日暮れまで、同じ町内で泥まみれになって遊んだ。その10年余りのち、下級武士である父の家計を助けるため、農業の下級役人の補助をする仕事に就いた。その時に書いた論文が縁で、雲上人である薩摩藩主、島津斉彬(なりあきら)との接点ができた。

 それから、およそ10年後、西郷はその斉彬の要請で篤姫の輿入れに同道し、江戸城内の「家茂(いえもち)情報」を収集するスパイ活動をした。これが、西郷の、全国区デビューだった。

 そして最終回は、それからさらに約10年後の西郷である。

 ちなみに、連載第2、3回で、斉彬や篤姫という、西郷とは位階の大きく離れた2人を、「交友録」というタイトルの下で登場願ったのは、西郷が次のステップに進むうえで、2人が大きな影響を与えたからである。

 さて、日本史を動かした西郷の業績の1つは、倒幕の原動力となった「薩長同盟」だが、この主役はどうしても坂本龍馬になる。ただ、江戸の町を戦火から救った「江戸城無血開城」の主役は、まぎれもなく西郷である。今日はその対手、幕臣の勝海舟について。

 2人が初めて会ったのは、1864(元治元)年9月11日、場所は神戸操練場に近い大坂だ。この時、勝は初対面の西郷に「明日の日本は藩主議会による共和制がいい」と発言したりした。西郷は、大久保への15日付の手紙に「ひどく惚れ申し候」と書いている。

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