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北朝鮮「美女軍団」のエースはいかにして金正恩氏の妻となったか (1/2ページ)

 9日に開幕する平昌冬季五輪に向け、北朝鮮の「美女応援団」など280人が7日、陸路で韓国入りした。日本では「美女軍団」として知られる北朝鮮の応援団が、国際スポーツ大会で韓国に派遣されるのは、2005年9月に仁川で開かれた陸上アジア選手権以来となる。

 ■スキャンダルの噂

 当時の応援団には、後に金正恩党委員長の夫人となる李雪主(リ・ソルチュ)氏も参加していた。美女軍団の中でも「エース級」の美貌と言えた李雪主氏は、韓国メディアなどのカメラにバッチリとらえられていた。

 彼女はどのようにして、金正恩氏の妻となったのか。

 脱北者で平壌中枢の人事情報に精通する李潤傑(イ・ユンゴル)北朝鮮戦略情報センター代表によれば、李雪主氏は1988年9月23日、平壌市の順安(スナン)区域で生まれた。1989年生まれとの説もあるが、李代表によれば1988年で間違いないという。以下、同氏の情報をもとに、李雪主氏の半生をたどってみる。

 (参考記事:【写真特集】李雪主--金正恩氏の美貌の妻

 李雪主氏は咸鏡北道(ハムギョンブクト)の清津(チョンジン)生まれとの情報もあるが、これは父親の故郷であり、李雪主氏は平壌の生まれ育ちだという。

 父親は軍出身の航空機パイロットで、母親は地元の商業管理所の会計担当者だった。パイロットはエリートではあっても、特権階級とは言えない。身内に高位幹部もおらず、庶民的な家庭と言える。

 幼い時から歌と踊りの才能を見せ、小学校の担任教師の推薦と、娘の教育に情熱を注いだ母親の努力でエリート校である金星学院に入学できた。

 しかし金星学院の生徒は、多くが特権階級に属している。上は朝鮮労働党や政府、軍などの重要機関トップの孫、下は平壌市の区域党責任幹部や各道の党・行政機関の責任幹部の子供たちといった具合で、李雪主氏のような「庶民派」は友達付き合いなどで苦労を強いられたと見られる。

デイリーNKジャパン
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