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【勝負師たちの系譜】「若手との研究会」で50歳名人になった米長邦雄氏 祝賀会には将棋界最高の1500人 (2/2ページ)

 米長は将棋の実力もさることながら、将棋界では断トツの交友関係を持ち、あらゆるスポンサーを将棋界にもたらした。

 米長の死後、私は今ある棋戦やイベントの協賛社を、誰が持ってきたかを調べてみて、改めて米長の働きに驚いたものだった。後輩は先輩のお陰で、今の将棋界があることを忘れてはならない、と思う。

 米長が名人になった頃は、同時に交友関係も絶頂であり「今理事なら、もっとスポンサーを増やせるのに」という思いだったようだ。

 しかし名人と運営者が両立できるわけはなく、このジレンマが米長を会長への道に進ませることになる。

 ■青野照市(あおの・てるいち) 1953年1月31日、静岡県焼津市生まれ。68年に4級で故廣津久雄九段門下に入る。74年に四段に昇段し、プロ棋士となる。94年に九段。A級通算11期。これまでに勝率第一位賞や連勝賞、升田幸三賞を獲得。将棋の国際普及にも努め、2011年に外務大臣表彰を受けた。13年から17年2月まで、日本将棋連盟専務理事を務めた。

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