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【勝負師たちの系譜】米長邦雄永世棋聖、会長として棋界に新風 一番の功績は「子供のファン増やしたこと」 (2/2ページ)

 プロ棋士5人とコンピューター5台の対決を目前にして、会長職のままがんで亡くなったのは、12年の暮れのこと。さぞかし残念であったろう。

 米長は生前、棋士によく「俺の一番の功績は何だと思うかね」と聞いていた。

 皆が新企画のことを言うと、「違うね、子供のファンを増やしたことだよ」と自慢している時の顔は、少年のようだった。

 米長は語録も多く、前に出た「相手の大事な将棋ほど、真剣に指せ」は有名だが、私は「常に貸方であれ」というのが印象に残っている。いつも借りを作っているようではダメという意味で、私の生きる基本となっている。

 他には「離婚した方が良いケース」というのもあったが、これは放送禁止用語が入っていて書けない。

 ともかく面白い棋士であった。

 ■青野照市(あおの・てるいち) 1953年1月31日、静岡県焼津市生まれ。68年に4級で故廣津久雄九段門下に入る。74年に四段に昇段し、プロ棋士となる。94年に九段。A級通算11期。これまでに勝率第一位賞や連勝賞、升田幸三賞を獲得。将棋の国際普及にも努め、2011年に外務大臣表彰を受けた。13年から17年2月まで、日本将棋連盟専務理事を務めた。

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