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【警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識】風化しつつある東日本大震災の記憶 いずれ起きるかもしれない「アウターライズ地震」 (1/2ページ)

 東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)から7年。震災の記憶は風化しかかっている。

 このくらい大きな地震だと、地震学的には、けして7年で終わったわけではない。これからも、この7年間にはなかった大きさの余震が襲って来るかもしれない。

 東北大の調査がある。2016年11月に起きた、それまででは大きい余震(マグニチュード7・4)で津波注意報と警報が出たときに、宮城・石巻市では全体の6割近くが避難しなかった。全校児童の約7割にあたる74人もが犠牲になった大川小学校も石巻市立だし、市内では津波で3600人が亡くなっている。

 逃げなかった人々にはそれなりの言い分があった。石巻市での震度は4で、震災の時の震度6強に比べてずっと弱かった。「地震慣れ」していた人々は大した津波は来ないと思ったに違いない。地震が朝6時前という早朝だったこともある。過半数は就寝中だった。

 実際には石巻港で80センチの津波しか来なかった。現在の津波予報では、襲って来る津波の高さを正確に見積もることはできない。多くの場合は過大に予報して「オオカミ少年」になることを繰り返してきていることも、人々が逃げなかった一因だろう。

 だが、「アウターライズ地震」が、いずれ起きるかもしれない。アウターライズ地震は1933年の昭和三陸地震のように、陸上での震度は小さくても大きな津波が襲って来る。震度が東日本大震災のときよりも小さいからといって、津波が小さいわけではないのだ。

 昭和三陸地震は3000人以上の犠牲者を生んだ。1896年に起きて2万人以上の犠牲者を生んだ明治三陸地震と「組」になっていて、約40年後に引き起こしたアウターライズ地震ではなかったかと思われている。