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【警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識】発生から35年…日本海中部地震の教訓 「忘れたころ」に襲って来る災害 (1/2ページ)

 秋田県内では「日本海岸には大津波は来ない」と広く信じられていた。「地震があったら浜に逃げよ」という言い伝えさえあった。

 これは、山が崩れるから浜に逃げろという意味で、たしかに、日本全土の内陸で山崩れや地滑りの地震被害も大きかった。たとえば10年前に起きたマグニチュード(M)7・2の岩手・宮城内陸地震では大規模な地滑りが起きて大きな被害を生んだ。

 ちょうど35年前、1983年5月26日にM7・7の日本海中部地震が起きたときにも「浜から」ではなく「浜へ」逃げた人が確認されている。そして、100人以上の犠牲者を出してしまった。ほとんどは津波による犠牲者である。地震が起きたのは真っ昼間。11時59分だった。痛々しいのは、海岸で津波にのまれた多くの小学生たちがいたことだ。

 震源は秋田県能代市の沖合だった。この地震は日本海の東縁にあるユーラシアプレートと北米プレートの境界で起きる海溝型の地震で、太平洋岸沖に起きる海溝型地震よりは頻度が少ない。

 しかし、日本海中部地震の10年後の1993年に北海道南西沖地震(M7・8)が起きた。これも同じタイプの地震だ。死者行方不明者230人という大被害を出してしまった。

 海洋写真家の中村征夫さんは、この地震で命拾いをした。ご本人から聞いた話だ。

 日本海中部地震は昼間だったが、北海道南西沖地震は夜10時すぎだった。泊まっていた北海道・奥尻島の宿屋のおかみが、日本海中部地震のことを思い出して、津波が来るからすぐに裏山に逃げろ、と言ってくれたのだという。日本海中部地震の経験が多くの命を救ったのだ。