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【日本の選択】「吉田ドクトリン」と決別の時迎えた日本 米国依存から独立自尊へ (1/2ページ)

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 戦後日本の繁栄の基礎を築いた功労者の一人が、吉田茂元首相だ。彼は安全保障政策では日米同盟を機軸とし、安全保障費を抑え、経済成長を重視した。吉田氏の外交政策は「吉田ドクトリン」と呼ばれ、戦後日本の基本的な方針となった。

 国際政治学者の高坂正尭氏は名著『宰相 吉田茂』(中央公論新社)で、吉田氏の外交路線を現実主義の観点から高く評価した。

 だが、この「吉田ドクトリン」は、日本にとって永久に最善な戦略であり続けるわけではない。焼け野原となった国土を復興させるため、当時としては最善の選択であったかもしれないが、最善な戦略は状況によって変化する。

 状況の変化を的確に理解しながら、戦略を変化させていくのが政治の役割である。「変わらないためには変わり続ける」ことが重要だ。すなわち、変わらずに生き残るためには、状況に応じて自らの戦略を変え続ける必要がある。

 米朝首脳会談の結果を評価するのは時期尚早だが、日本は根本的に「吉田ドクトリン」を再検討すべき時期を迎えている。安全保障では米国に依存し、独自の「軍隊」すらもたないという戦略は、21世紀の日本にふさわしい戦略とはいえないであろう。日米同盟を軽視するつもりは毛頭ないが、日本独自の「戦力」を保有すべきときを迎えている。

 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が、ドナルド・トランプ米大統領と直接会談できた理由は何か。それは、核兵器という巨大な戦力を保有したからである。どう考えてみても、核武装なき北朝鮮の指導者と、超大国の指導者が直接会談できたとは思えない。

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