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【警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識】半島ごと“海に消えた”日本の村 淡路島の南端に近いところ… (1/2ページ)

 大阪府の北部で地震があって大きな被害を生んだ。近畿圏では地震がほとんどないという「迷信」が消えた。

 過去には、地震があって集落がまるごと消えてしまったことがある。

 淡路島の南端に近いところで、いまの兵庫・南あわじ市の灘地区と沼島の間にあった半島ごと、村がひとつ海に呑まれてしまった。

 この地震が起きたのは16世紀の初めだった。それより古い地図には、この半島も、その上にあった「白石村」も描かれている。

 海上保安庁が戦後に行った水深調査では、海底地形が浅くなっていて、半島らしきものが沈んでいるとも解釈できる。

 地震があったのは、ある古地図によれば1500年だった。だが、その年に大地震が起きた記録はほかの古文書にはない。

 ひとつの可能性としては1498(明応7)年に起きた明応地震だ。この地震は、とてつもない津波を生んで、いまの三重県にあった日本三大港のひとつだった港町、安濃津(あんのつ)を襲って町全体の数千軒の家が跡形もなくさらわれた。以後200年間も復興しなかったことが知られている。

 この明応地震は恐れられている南海トラフ地震の先祖のひとつで、震源は静岡沖から四国沖まで広がっていた。三重県で大被害を生んだ津波は、淡路島でも大きな被害を生んだ可能性がある。

 もうひとつの可能性は1605(慶長9)年に起きた南海トラフ地震の「次の先祖」だ。ただ、いくらなんでも古文書が100年以上も間違えまい。