記事詳細

【警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識】噴火「予知」の学問的レベルと役所の縄張り 群発地震から三宅島噴火18年 (1/2ページ)

 三宅島近海で群発地震が起きて、それが噴火につながったのは2000年の初夏。いまからちょうど18年前になる。

 三宅島は、それまでの500年間に13回の噴火が知られていて、17年から69年ごとに噴火を繰り返してきた。

 明治時代(1868年~)以降だけでも噴火が5回あった。1940年には大きな噴火があり、火山弾や溶岩流で11人が死亡した。また1983年の噴火では人的な被害はなかったものの、約400棟もの住宅が埋没したり焼失した。また山林や耕地にも被害が大きかった。だが、それぞれの噴火は1~2年で収まった。

 しかし、この2000年の噴火だけは長引いた。その年に全島避難になってから、避難指示がすべて解除されるまで15年もかかった。ただし避難指示の解除は居住地域だけで、火口付近では高濃度の二酸化硫黄が観測されていて、いまも立入禁止になったままだ。

 居住地域の全域が解除になったものの、島の人口3800人は3分の2になってしまった。しかも、帰島した人の4割は65歳以上の高齢者で、39歳以下の若い人たちは4~5割、つまり半数以上が島に戻ってこなかったのだ。過疎を噴火が加速してしまったことになる。

 関東地方から南へ「東日本火山帯」が延びている。富士山や箱根もその一部だが、伊豆大島、三宅島、八丈島をはじめ、西之島新島など、多くの火山がこの火山帯に属している。

関連ニュース