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【高橋洋一 日本の解き方】到底「理解不可能」な次官人事 自浄の絶好機逃した財務省「身内の論理」に組織の限界 (1/2ページ)

 財務省の事務次官人事は結局、主計局長だった岡本薫明氏に決まった。その背景はなにか。これで財務省は変わることができるのか。

 財務省は森友学園問題において組織ぐるみで公文書を改竄(かいざん)・廃棄し、担当局長が国会で虚偽答弁をした。この事件について、財務省は処分することはしたが、公文書改竄・廃棄を指示し国会で虚偽答弁を行った佐川宣寿氏本人がたった停職3カ月だった。この程度と財務省は思っているわけだ。

 正直いって、これは筆者の公務員観とは大きく異なる。筆者の考えは、公務員であれば公文書の重要性を知らなければならず、公文書を改竄・廃棄し国会で虚偽答弁したら、当然懲戒免職というものだ。

 と同時に、筆者は、個人だけでなく、組織への処罰として、財務省は解体すべきだと思う。これは、財務省のように財政という国の大きな方針を企画する官庁が、今回問題になった国有地売却や国税のような執行部門を併せ持つのはおかしいという世界の常識からきている。政治に関わりのある企画部門と政治と関わるべきではない執行部門は分離するのが世界の常識だ。これを財務省は自ら取り入れて、組織解体すべきであった。

 しかし、財務省解体論は世論の動きも鈍く、もちろん財務省自身から出ることもなく、絶好の自浄チャンスを逃した。

 20年前の大蔵省スキャンダルの時には、財務省は解体されるとともに、事務次官には、内部昇格ではなく、当時、内政審議室長だった田波耕治氏が就任した。

 今回の人事では、大胆にやれば、外部の人を財務次官にしてもよかった。そのほうが財務省も解体的な出直しとのメッセージを出すことができただろう。

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