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【ケント・ギルバート ニッポンの新常識】終戦の日、靖国で再認識したGHQ「WGIP」の罪深さ (1/2ページ)

 今週水曜日(15日)は、平成の元号の下では最後となる、大東亜戦争の「終戦の日」だった。

 私は靖国神社(東京・九段北)で行われた『第32回 戦没者追悼中央国民集会』に招かれ、「各界代表の提言」として約15分のスピーチを行った。とても光栄だったが、最大の敵だった米国出身の自分がそのような場でスピーチするのは不思議な気分だった。

 私は1980年の夏から東京に住んでいるが、実は、ほんの数年前まで、靖国神社の境内に足を踏み入れたことすらなかった。なぜなら、日本の左派マスコミの報道が、私の脳内に植え付けた、靖国神社に対する先入観と偏見があったからだ。

 ある年、靖国神社で毎年5月に行われる沖縄本土復帰を祝う記念式典に招かれ、初めて昇殿参拝を行った。同日、遊就館も見学し、展示物の英語記述の完璧さと公正さに感動した。自分の先入観と偏見を深く恥じた。

 おそらく本コラムの読者にも「靖国神社を一度も参拝したことがない」という人は少なからずいるだろう。何しろ日本は、国を守るために戦って命を落とした英霊に対して、感謝や慰霊の気持ちを示す行為に対し、「戦争賛美だ」とか、「軍国主義の復活につながる」といった、非論理的な理由で批判される不思議な国である。

 彼らの正体は、GHQ(連合国軍総司令部)が施したWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)によって洗脳された「自称・平和主義者」と、その純真無垢(むく)さを利用する「敗戦利得者」や「外国工作員」なので、冷静で論理的な議論は期待できない。最も有効な対応策は「脱洗脳プログラム」と「スパイ防止法」の実施である。

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