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【部下がついてくる!「角栄流」上司の心得】“一石五鳥”の利に替えた「只見川騒動」 (1/2ページ)

★「抜け道」伝授能力(5)

 只見川(ただみがわ)。福島県と群馬県の県境にある尾瀬沼を水源として、まず新潟県に流れ、さらに福島県へ蛇行した後、再び新潟県に戻って阿賀野川に合流、日本海に注ぐ。作家、三島由紀夫の『沈める滝』に登場する、今なら紅葉真っ盛りの渓谷美豊かな名川の1つである。

 ここで戦後間もなく、とんだ「騒動」が持ち上がった。時に、わが国の石炭資源の先行きが憂慮されはじめ、推定包蔵電力150万キロワットと言われた只見川上流のダム開発が国家事業化された。投下されたカネは、当時、実に1000億円であった。「騒動」とは、一言でいえば新潟県と福島県との“利権争い”にあった。

 この1000億円を賭けた利益誘導合戦で、新潟側の先兵が、まだ30代半ばの陣笠代議士、田中角栄だった。田中を先兵とする新潟県と福島県側は、「調整」と称して連日、供応と料亭での宴会に明け暮れ、只見川転じて「タダ呑み川」とも言われたのだ。

 この「騒動」は二転三転の末、足かけ7年の昭和28(1953)年、政府の最終妥協案により、一部を新潟県への分流という形で決着をみた。

 ただ、新潟県への分流量は只見川の年間流量13億8000万トンのわずか5・6%でしかなかった。当初の要求分流量が75%というべらぼうなものだったことからすると、新潟県は形としては完敗だった。

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