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【一服啓上 島田雅彦】岩松了「表立たないものを芝居にしようと…」 “何となく”の演劇人生に急展開

★ゲスト 演出家・俳優、岩松了さん(中)

 大学の演劇部からオンシアター自由劇場を経て劇団東京乾電池へ。流れに任せ“何となく”だった岩松さんの演劇人生も、このあたりから急展開に…。

 島田 東京乾電池は昼の番組(フジテレビ「笑ってる場合ですよ!」)に出るようになってから人気が出ましたね。

 岩松 私は出ていないけど、新宿アルタには毎日通いました。ベンガルや、高田純次らと放送作家とのパイプ役みたいな立場なんですが、用事がなくてもギャラが出る。でもそのうち「こんなことをやってていいのか?」と思うようになり、1度だけ本気で取り組んでみようと書き上げたのが処女戯曲「お茶と説教-無関心の道徳的価値をめぐって」。これがけっこう評判良くて、その後に書いた「蒲団と達磨」という戯曲では、岸田國士戯曲賞をいただいたので後に引けなくなりました(笑)。

 島田 その頃は演劇が常に闘っていましたよね。寺山修司の天井桟敷とか唐十郎さんの状況劇場とか、世の中に衝撃を走らせることを主な目的に活動していました。

 岩松 唐さんの芝居は大好きで、実際の事件などへのストレートな接近の仕方が凄いなと思っていたけど、私や柄本(明)はそれに反し表立たないものを芝居にしようと思っていました。事件が起きる前の話だったり、周りの人を描いた方が面白いよねって。

 島田 同時代には別役実さんや太田省吾など、静の表現を試みる人もいて、そちらの方がラジカルだったりもしました。

 岩松 確かに。私は演劇はどれも敵だと思っていて、おもしろいものはなかなか生まれないという目で見ていましたが。

 島田 生まれたら嫉妬するし(笑)。私が小説に向かうのと同じです。役者としてはどうですか。

 岩松 割と広く受け入れます。そもそも本を書くだけだとストレスがたまるし運動不足にもなるので演出や役者の仕事をしているところがあるので。これ言うと役者さんに叱られるけど(笑)。

 島田 書く仕事は1人の作業だから、私もコラボレーションへの憧れはあります。だからオペラに関わってみたり、たまに役者もやったり。

 岩松 「ネオ・ウルトラQ」(WOWOW)で共演しましたね。そういうふうにいろいろやっていると、どれが大変ですかと聞かれるでしょう? 私は「作家が1番キツイ。役者は楽しい。演出は中間ぐらい」と答えます。

 島田 役者は楽ということでしょう(笑)。

 ■岩松了(いわまつ・りょう) 1952年長崎県生まれ。東京外国語大学ロシア語学科中退。89年「蒲団と達磨」で第33回岸田國士戯曲賞のほか、演出家、俳優としても様々な受賞歴を持つ。最新作・演出作品「空ばかり見ていた」が来年3月9日より東京・大阪で公演。

 ■島田雅彦(しまだ・まさひこ) 1961年東京都生まれ。東京外語大ロシア語学科卒。83年「優しいサヨクのための嬉遊曲」で小説家デビュー。2003年法政大国際文化学部教授に。「ニッチを探して」「傾国子女」「暗黒寓話集」「カタストロフ・マニア」ほか著書多数。