記事詳細

【いだてん外伝】見たことない競技映す半端ない存在感 テレビとオリンピック (1/2ページ)

★(4)

 1964年の東京オリンピックは、「テレビの存在感が非常に大きかった」という印象がある。例えば、前回紹介した視聴率84・7%(開会式、NHKと民放合計)とか、66・8%(女子バレーボール決勝、NHK単独)など、いま思えば、異星での出来事のような数字がそれを証明している。

 当時の日本は、本格的なテレビ放送が始まってから10年数カ月だったから、テレビはまだ、「特別な存在」だった。

 そんな日本人にとって、これまで用語としては知っていたが、実際には見たこともない競技が日替わりで連日放送されたのだから、テレビの存在感は半端なものではなかった。

 特に、私が印象深く見たのは「重量挙げ」だった。東京オリンピックの競技としては、この重量挙げが最初にテレビで放送されたのではないか。三宅義信、義行兄弟という、日本の有力なメダル候補がいた。国民の目にメダル姿(=義信は金メダル第1号)を焼き付けて、オリンピックムードを一気に盛り上げようというもくろみは、大成功だった。

 「ジャーク」や「スナッチ」といった重量挙げの用語解説や、実技の模様を身ぶり手ぶりで再現する「にわかわけ知り」が、町のあちこちで見られた。

 また、日本のお家芸、柔道の無差別級決勝で、オランダのアントン・ヘーシンクが神永昭夫に勝った瞬間、喜びのあまり畳の上に駆け上がろうとしたファンを、ヘーシングが冷静にそれを制したシーンも思い出深い。

関連ニュース