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【日本は誰と戦ったのか】ルーズベルト政権に入り込んだ「ソ連スパイ」 (1/2ページ)

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 第二次世界大戦で日本を打ち負かせば、アジアは平和になるはずではなかったのか。多くの米国人たちは、日本敗戦後の意外な展開に戸惑った。何しろアジアでは、中国共産党が中国を支配し、中国にある米国企業の財産は没収され、キリスト教会は迫害され始める。

 ヨーロッパでも、バルト三国やポーランドをはじめとする中欧諸国が次々と、ヨシフ・スターリン率いるソ連の影響下に入り、民主化勢力を弾圧する共産主義政権が樹立されていった。

 実は、第二次世界大戦末期、米国とソ連は同盟国になっていた。フランクリン・ルーズベルト米大統領は、ソ連のスターリンと組んで国際連合を創設し、戦後の国際秩序を構築しようとしていたのだ。そのため、1945年2月、ソ連領ヤルタで行われた首脳会談において、ソ連による中欧支配と、アジアの共産化-特に中国共産党政府と北朝鮮の誕生-を容認してしまったのだ。

 この「ヤルタ密約」の存在が明らかになったのは46年2月のことだ。ソ連による中欧支配への反発から、野党の共和党は、ソ連と組んだルーズベルト外交への批判を強めていく。

 しかも、ジャーナリストのウィテカー・チェンバースが48年、米連邦議会で「自分は1930年代に秘密の共産主義者スパイとして活動し、アルジャー・ヒスと名乗る若い国務省職員を知っていた」と証言した。ヒスは、ルーズベルト大統領の側近として、ヤルタ会談を仕切った国務省の幹部だった。

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