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息子・太郎氏から父へ…生体肝移植から17年 河野洋平元衆院議長「あの時、首相になっていたら死んでいた」 (1/3ページ)

 青空が広がった今年1月2日、神奈川県小田原市の国道沿いに、孫を連れた元衆院議長の河野洋平さん(82)の姿があった。箱根駅伝の選手に声援を送る恒例の正月行事だ。長男で外相を務める太郎さん(56)が肝臓の一部を提供した生体肝移植から間もなく17年。河野さんが「新たな命」を受け取ったことを改めてかみしめる時でもある。(聞き手・橋詰邦弘)

 肝機能の異常を最初に言われたのは1973年、36歳の時です。3年後には自民党を飛び出し新自由クラブを旗揚げしましたから、検査数値の悪化は心配でも休むことなど考えられません。そのうち異様なだるさも感じるようになりました。

 当初「脂肪肝かも」と診断された病気は、後にC型肝炎と判明します。さまざまな治療、インターフェロンも試しましたが効果はなく、政治家としてのステップアップと病気の悪化が同時に進行していきました。

 自民、社会、新党さきがけが連立政権を組んでいた95年7月の参院選は特に忘れられません。がんが再発し入院中の妻が死亡した、との連絡を受けたのは遊説先。最期をみとることも通夜への参列もできなかったのです。

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