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【日本-ポーランド国交樹立100年 蘇る美しき絆】両国の絆は「日露戦争」にさかのぼり… ポーランド独立を支援した明石大佐 (2/3ページ)

 ドモフスキは武装蜂起には反対しつつも、日本支持を表明して連携を探った。参謀本部の児玉源太郎参謀本部次長と、福島安正第二部長の両将軍に面会し、ポーランド問題とポーランド人の要望に関する覚書を作成した。ポーランド人兵士に投降を呼びかける声明文作成にも携わった。両将軍への面会を後押ししたのは、かの明石元二郎大佐だった。

 ここで注目すべきは、ピウスツキとドモフスキがともに、ポーランド人捕虜への特別待遇を申し入れたことである。事実、日露戦争の捕虜は四国・松山に収容されたが、ポーランド人兵士はロシア人とは別の場所で待遇された。かなりの自由が認められていたようで、外出時には地元の人々から心温まるもてなしを受けたという。

 なるほど、司馬遼太郎の小説『坂の上の雲・第5巻』(文春文庫)には、ロシア軍から「マツヤマ、マツヤマ」と連呼して日本軍陣地に駆け込んでくるロシア兵のことが書かれている。恐らくこれはポーランド人だったに違いない。

 明石大佐は、ポーランドの武装蜂起を支援し、武器購入の資金を提供し続けた。日露戦争の勝利と同時に、ポーランドの独立を助けたのだった。

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