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韓国でなぜ突然「天皇アレルギー」が広がったのか (4/4ページ)

 それまで韓国で見られなかった「日王」という表現はなぜ急に広がったのか。グラフを見ると1989年1月の昭和天皇の死が転換点になっている。昭和天皇危篤のニュースが伝わった時期に姿を見せ始め、崩御の一報とともに急激に増え、それがメジャーな呼び名になってしまった。そして30年が経った今では「日王」が完全に定着し、「天皇」は禁句扱いなのである。

 なぜ昭和という時代の幕が下りたとたん韓国が態度を変えたのかはわからない。それは誰かの訴えでもなく、誰かが決めた方針でもなく自然な流れだった。私見では、「世代交代」と関係があったのではないかと思っている。この時、各メディアで主戦力といえるクラスは30~40代の「戦後生まれ」の人たちで、彼らにとって天皇はただ新聞とニュースでしか接したことがない存在だった。日本統治時代に、小学生もしくは中学生だった人たちの頭の中に残っている「天皇」の存在感とは雲泥の差がある。

 日本統治時代を経験した韓国人の中には、天皇に反感を持っていた人は少なくなかった。しかし、彼らには、呼称を変えることで、その権威や存在感を引き下ろすという発想がなかったのではないか。彼らは日本人と変わらない価値観、思考を持っていた世代、あるいは持つように育てられた世代だからだ。彼らが「天皇」を「日王」という変な名前に変えることに痛快さを覚えたなら、それを1989年まで44年間も待つ理由がない。日本統治時代を経験した世代が社会の第一線から身を引き始めたのがちょうど1989年頃だ。15歳で終戦を迎えた人が1989年には59歳になっていた。韓国のメディア各社で定年となる年齢である。日本統治時代を知る人たちが「天皇」という言葉とともに韓国社会の第一線から退いたのである。

 ※崔碩栄・著『韓国「反日フェイク」の病理学』(小学館)より一部抜粋

 【プロフィール】チェ・ソギョン/1972年、韓国ソウル生まれ。高校時代より日本語を勉強し、大学で日本学を専攻。1999年来日し、関東地方の国立大学大学院で教育学修士号を取得。大学院修了後は劇団四季、ガンホー・オンライン・エンターテイメントなど日本の企業で、国際・開発業務に従事する。その後、ノンフィクション・ライターに転身。著書に『韓国人が書いた 韓国が「反日国家」である本当の理由』、『韓国人が書いた 韓国で行われている「反日教育」の実態』(以上、彩図社)、『「反日モンスター」はこうして作られた』(講談社)などがある。

NEWSポストセブン

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