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【長谷川幸洋「ニュースの核心」】西暦で世界を認識、和暦で「自分の居場所」を確認する日本人 天皇陛下のお姿を日本に重ね… (1/2ページ)

 新しい元号が「令和(れいわ)」と決まった。素晴らしい元号だと思う。簡潔で、凛とした響きがある。清々(すがすが)しさも感じる。何より、史上初めて、日本の国書にして最古の歌集である万葉集から採用したところがいい。典拠になった万葉集の一節はこれだった。

 《初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす》

 元号が決まった4月1日は、まさに「初春らしくキリッとして、風が和らいだ日」だった。これから、この日をエープリルフールではなく、「令和決定の日」と記憶する人も多くなるだろう。

 これまでの元号は「四書五経」など中国の漢籍を出典にしていた。元号は日本を象徴しているのに、中国の言葉を由来にするのは抵抗感がある。まして、いまの中国のように日本を脅かしているのであれば、なおさらだ。

 元号に政治的意味を読み込むのは適当でないかもしれないが、日本を愛する安倍晋三首相の気概を感じる。多くの国民が「大変、良かった」と思っているに違いない。

 日本人は元号に、どんな意味を込めているのだろうか。マスコミがこぞって「平成を振り返る」特集を組んでいるように、多くの日本人は自分が生きる時代史に元号を重ね合わせて受け止めている。

 単に利便性で考えるなら、元号は決して便利とは言えない。私は世界情勢や日本の政治を眺める際、時間軸は西暦でそろえる。「世界の情勢」を見極めたうえで「日本がどう対応すべきか」と考えるからだ。だから、世界共通の西暦が基準になる。

 では、なぜ日本人は和暦を手放さないのだろうか。それは人々が元号に「国の一体性を感じていたい」と願っているからだろう。その中心に天皇陛下がいる。

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