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【ケント・ギルバート ニッポンの新常識】財務省と日銀、能力が無いのかそれとも… 「役人の失敗のツケ」を国民に払わせるな! (1/2ページ)

 今週が「平成最後のコラム」になるので、平成の御代を軽く振り返りたい。

 平成元年は1989年1月8日に始まった。私は36歳で、東京・青山の国際法律事務所で働き始めて8年余り、テレビに出演して6年弱。ちょうど、TBS「サンデーモーニング」のレギュラーだったときである。

 同年の「大納会」当日(12月29日)午前9時4分、日経平均株価は史上最高値3万8957円44銭を記録した。

 この瞬間が、85年9月の「プラザ合意」を契機とする、日本のバブル景気の「終わりの始まり」である。その後の最安値の記録は平成20(2008)年10月28日の6994円90銭。史上最高値の約19年後、18%未満まで下落したことになる。

 現在は56%程度まで回復したが、満足すべき水準ではない。米国のダウ平均は、平成元年当時の10倍に迫る勢いなのだ。

 名目GDP(国内総生産)でも、米国は約5・6兆ドルから昨年20・5兆ドルへと、3・7倍近くに増えた。日本は約3・1兆ドルから昨年約5兆ドルと、1・6倍に増えただけだ。

 中華人民共和国(PRC)に至っては、平成元年の約0・5兆ドルから、昨年は13・4兆ドルへと27倍に増え、国際順位も8位から2位へと大躍進。日本は抜かれた。だが、PRCの成長の裏には知的財産窃盗など、さまざまな不正があった。

 米国はドナルド・トランプ大統領を大嫌いな民主党が、この件では「トランプ政権は生ぬるい」と言わんばかりの激しさである。PRCは令和の早い時期に平成のツケを払うだろう。

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