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【高橋洋一 日本の解き方】失敗続きだった平成の日銀、バブル潰し実体経済も潰す 黒田体制で大転換も道半ば… (2/2ページ)

 そうしたなか、1997年(平成9年)、日銀法が全面改正された。金融引き締めが若干改善したのは、小泉純一郎政権での2001年3月から福井俊彦総裁の下で量的緩和政策が実施されてからだった。しかし、06年3月にデフレ脱却を待たずに量的緩和が終了する。その後、日本では景気が下り坂の中で、08年9月リーマン・ショックが起こった。

 ここで、白川方明(まさあき)総裁率いる民主党政権下の日銀は、痛恨の政策ミスをしてしまった。大きな経済ショックへの対応策は、まず大胆な金融緩和だ。欧米の中央銀行は猛烈な金融緩和を行い、通貨量も大きく増加した。これに対し、日銀は動かず、円は猛烈に高くなった。リーマン・ショックでは日本は欧米に比べて直接の大きなダメージを受けなかったにもかかわらず、この円の「独歩高」が日本経済を低迷させた。

 12年12月に第2次安倍晋三政権が発足した。13年3月、黒田総裁体制になり、ようやく本格的な金融緩和が実施された。雇用の回復は驚異的であり、当初の想定どおりだ。14年の消費増税がなければインフレ目標2%もとっくに達成していただろう。

 しかし、16年9月からイールドカーブコントロール(長短金利操作)を導入したことで、以前と比べると緩和の後退となっている。このため、インフレ目標2%は達成できていない。デフレからも完全脱却とは言い難く、今一歩の状況だ。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

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